第76話

文字数 1,196文字

 昭や孝弘とやり合うのも何か違うのは分かっている。が、彼らが自分を目の敵にするというのなら、龍太も黙っている訳にはいかない。奇襲に警戒しながら、味方を確保しておかねばならない。この場合の味方はやはり男子。少なくとも洋一郎は泰史に戻ってきてほしいと思っているはずだから、ここはしっかり確認しておこう。そして吾郎。多分ここも大丈夫だろうが、少し不安だ。遅くとも翌日の塾では、確かめておこう。あとは、どうだろう。岡本や高橋は泰史に良い扱いを受けてこなかったから、難しいだろう。あまり親しくない他の連中は……。もしかすると泰史を助けようというよりも、クラスにいじめがあるのは良くない、という方向で呼びかければ、賛同してくれる人が増えるかもしれない。そうすれば味方になってくれる女子も増えるだろう。しかし、女子は中心的な存在の鈴原さんが昭側だ。泰史と家の近い山田さん、井崎さんですら大っぴらには動けていない現状で、他の女子が味方に付くのは難しいように思った。
 
 次の日、二時間目のあとの休み時間に洋一郎を廊下に誘った。昨日の掃除時間にあったことを話すと、洋一郎は怒りだした。「ふざけてんな、あいつら。いや、俺だって泰史にはクソ一郎とか呼ばれて、嫌な思いもしたから、やり返したい気持ちもあるけどさ。野球から追い出したりするのはやり過ぎだし、二学期に入ってからはなんかひどいよな」
「じゃあ、洋一郎? もし俺が昭たちと戦うことになったら、俺の味方になってくれる?」
 龍太が尋ねると、「だな。泰史の家来みたいなのには戻りたくないけど、あいつらの言いなりになるのはもっと嫌だ。龍太は親分になって誰かをいじめたりはしないだろうし」と答えてくれた。

 この日の掃除当番も昨日と同じ組み合わせだった。黙々と昇降口の簀子(すのこ)を一人で水拭きしながら、龍太は聞き耳を立てていたが、昭たちの動きは特にないようだった。何事もなく掃除を済ませ、午後の授業も終わった。塾のある水曜日なので、さっさと家に戻ろうと校門を出た。今日は山田さんと話をしなかったなあ、と思いながら学校からの坂道を下った。下りきったところを一区画過ぎると広い通りに出る。その道路に面して、龍太の両親が営む薬局がある。自宅は反対側の少し奥だ。学校帰りに薬局に寄ることは、気恥ずかしさや邪魔をするといけないという思いもあり滅多にない。が、この日はなんとなく覗いてみようと思った。
 透明なガラス越しに、忙しそうに働く父と他の従業員が見える。大人もきっと大変なんだろうなあ、と思いながらその姿を眺めていた。働く彼らの前には、薬を受け取っているであろう女性の背中がある。病気の患者さんもつらいだろうな、と思っているとその女性が振り向き、自動ドアに向かって歩き出した。なんとなく見覚えのある姿だと思って、自動ドアが開くのを待った。そして出てきたのは、御手洗泰史のお母さんだった。
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