第118話

文字数 1,099文字

 土手の上にたどり着き、川面を見下ろす。流れる水は、夏の頃よりも透明度を増したように感じる。向こう岸のグラウンドでは、やはり少年野球の試合が行われているようだ。歓声がこちらまで聞こえてくるが、何を言っているかまでは分からない。

「あっち、昭たちだよね」龍太は自転車に跨ったまま、吾郎に問いかけた。
 吾郎は一学期に野球を辞めた。続けたい気持ちもあっただろうが、中学受験を見据えての選択だった。そんな吾郎は、グラウンドの試合を見ようとは思えないだろう。
「でも、あれか? 龍太は興味あるのか? あ、マネージャーと称する我がクラスの女子にか?」吾郎はそう言って、龍太の顔を覗きこんだ。
「いや、そんなことはないけど。そうだ、マネージャーと言えば、井崎さんのことだけど……」龍太はグラウンドから目を離して、話題を振ってみた。山田さんのことで再び突っ込まれないように手を打とう、という狙いもあった。
「あいつは真由美から避けられるようになっただろう? その件だよな」
「ああ、やっぱりそうなんだね。マネージャーから抜けて、バスケットボールに行くって」
「やりたいことをやるのは、大事だよな。なのにそれが理由で仲間外れにしようとか考える真由美はやっぱりおかしいんだよな」吾郎はそう言って、土手を走る道路に転がる小石を蹴った。小石が斜面を転がり数秒後、水面に波紋が広がった。
「でもさ、井崎は学校に来ている。愛しの山田嬢が井崎を匿っているのが大きい、と」
 愛しの、なんて吾郎に言われる筋合いもない気がするが、満更でもない。ちょっとニヤついてしまう自分を意識しつつ、龍太は頷いた。
「そこが泰史と決定的に違うってことなんだよな。分かってるよ、悔しいけど」
「まあ、俺らが泰史から狙われたときに助け合えたかは分からないけど、俺らも学校は休まなかった」
 あの時龍太は、宮崎の法事から戻らず数日学校を休んだ。なので本当は、吾郎の言葉に頷けない。しかしこの流れではそこは不問だ。なんでもお見通しという印象の吾郎だが、龍太がそんな理由で休んでいたとは思っていないようだ。
「学校を一か月近くさぼっちゃうのも変だけど、そうするしかなかった、となれば可哀そうな気もする」龍太は素直な気持ちを言葉にしてみた。
「それで、俺らじゃあいつを支えられず、と。で、里田さんに近付く」吾郎の言葉には納得できないが、そういう解釈が一番理にかなっている気がする。
「まあ、俺らだけで話しても仕方がない。あのグラウンドに泰史がいるはずもないし、たまには川に沿ってサイクリングでもするか。折角のいい天気だし」吾郎に誘われ、龍太も答える。
「そうだね。忙しい受験生だからこそ」
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