第109話

文字数 1,134文字

 次の朝、昭が話しかけてきた。
「龍太さ、甲子園のことなんだけど」
 共通の話題があることが分かって、昭は嬉しいのかもしれない。そのまま昭が続ける。
「今年神奈川で出場した洞隠学園(どういんがくえん)、かっこよかったよなあ」
 洞隠学園は二十年以上前に初出場初優勝した学校で、この夏、久々に甲子園出場を果たした。その二十年の間に大学進学の成果が上がっていて、難関校の一つとしても有名だ。この町は横浜・川崎と近接していることもあり、龍太も洞隠学園を選択肢の一つとして検討している。
「龍太なら、中学で洞隠に受かるんじゃないのか?」
「うーん、まあ、麻武(あさぶ)剣央(けんおう)義塾よりは受かりすいだろうけど、難しいよ」
「そうか? 俺は勉強のことはわかんないけど、龍太が洞隠に行ってくれたら、野球で高校から洞隠目指せたりしないかな、とか」
「はは。そうなると面白いね」
 そう言いつつ、龍太は洞隠よりも偏差値の高い都内の進学校を目指している。だからちょっと気分を害した。もっともそんなことを昭に言ってもわからないだろう。が、すぐそばで篠山さんが聞いていると思えば、ちょっと言っておきたくもなった。
「来年のことだから分からないけど、今のところ俺は麻武か凱星(がいせい)を目指しているから、洞隠はちょっと」
「麻武って、すっげえ難しいんだろ? ははは。龍太、まあ、頑張れよ」
 勉強を全然していない昭に言われて腹が立ってきたが、麻武を目指していることを篠山さんの耳に入れることには成功しただろう。全く気にしていなさそうな彼女の態度にはがっかりしたが。

 昼休みになって洋一郎と廊下で喋っていると、山田さんが話しかけてきた。
「黒木君。麻武ってすごい、一番難しいところだよね? 頑張ってるんだね」
「え、ああ、朝の話、聞こえてたんだ」
「あ、ごめん。つい」
「やっぱり龍太は本当にすごいんだな。俺なんかと友達でいてくれてうれしいよ」と洋一郎も話に乗ってきた。目指しているのと受かりそうなのは全然違うので、なんだか恥ずかしい気持ちになってきた。
「あ、それでね、私、黒木君たちの行ってる塾に入ろうかな、って話、前もしたよね?」
「ああ、うん、話聞かせてって」
「でも、麻武とか目指すくらいレベルが高い塾なら、私は無理かな……」
 山田さんはクラスの真ん中よりは上だが、ずば抜けて優秀という感じではない。でも、吾郎がついて来れているのだから、きっと山田さんも大丈夫だろう。
「うん、でも、いろんな学校目指している人がいるから」
「そうなんだね。石黒君は、通ってないんだよね?」
「俺は塾とか、パス。中学行ってから頑張るの」
「そっか。でも私、やっぱりこのまま公立中学上がるのはちょっと、って」
「それならうちじゃなくても、どこか塾は行ったほうがいいね」龍太は山田さんにそう告げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み