第127話

文字数 980文字

 五時間目が始まる前の教室は騒がしい。結局掃除には参加しなかった昭に、龍太は軽く文句を言った。呼び出されたから仕方ないだろう、と昭は答える。が、職員室から昭が出て来た時、龍太と河田さんはまだ掃除を続けていた。少しは手を貸してくれてもいいだろう、とどうしても思ってしまう。
「呼び出しは、泰史のこと?」ちょっと意地悪な気持ちも含んで、龍太は尋ねた。
「ああ、うん。でも、それは後で……」
 担任の先生が入ってきて、午前中と同じく淡々と授業を進めていった。普段から塾に比べワクワクしない小学校の授業だが、今日は本当に面白みがない。そう思っていた時に、隣の河田さんが龍太の左肘を叩いた。ノートの隅っこに何かを書いたようで、それを見るように促している。「みたらいくんのことで何か動きがあった?」
 右隣に山田さんがいるのに、左の河田さんとこっそりやり取りするのはなんだかドキドキする。もっともそんなことは山田さんには気にならないことかもしれないが。
「昭に気付かれたらやばいよ」と自分の教科書に急いで書き込む。やっぱり河田さんも気にかけている。次の休み時間に思い切って昭に聞いてみることにした。

「後でって、今じゃまずいのか?」
「ん?ああ、泰史のことな。ちょっと……」
 昭はそう言って、廊下に龍太を誘う。午前中にも似た状況があったが、今回孝弘は廊下に出てはこなかった。
「泰史の親が、俺と孝弘のことを怒っているらしい」
「えっ? うん、まあ、ねえ」
「この前、うちの親が学校に呼び出されて、先生に言われた」
 そんなことになっていたのか、と龍太は驚くが、当然のこととも言える。
「で、今日は俺と孝弘から、直接泰史に謝ってほしい、っていう話だった」
 担任を通して依頼してくる内容だろうか、とは思うが謝るべきであることは変わらない。
「それ、どうするの?」
「来週の放課後にそういう時間を作る、って」
 以前泰史のお母さんが言っていた「大人の話」が、そういう方向に進んでいることに龍太は驚いた。泰史が学校に戻って来た場合、昭や孝弘との関係を修復することができるとは思えないやり方だ。
「あいつ、東京から逃げておいて、なんだかとんでもないぜ」
 小さな声だが、はっきりと昭は言った。やっぱり謝罪しようなんて昭は思っていない。憤りを覚えると当時に、龍太自身がその謝罪の場に呼び出されていないことには安堵した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み