第89話

文字数 1,057文字

 やっぱり迷惑をかける訳にはいかないと思い、太田さんに連絡を取ることは差し控えた。でも、何かしないといけない。お父さんが言っていたきっかけ。待っているだけではダメだ。そう思った龍太は、帰りの会が終わってすぐに吾郎を呼び止めた。
「なあ、昨日の続きだけど」
「ん? 太田さん?」
「いや、それは止めよう。それで、吾郎? 今日、一緒に泰史のところに行ってみようよ」
「えっ、今日? なんで……」
「土曜日だから、野球の連中は午後練習だろ? ってことは、泰史のやつ、昭たちに会わないように、家にいるんじゃないか?」
「ふーむ、なるほど。ワットサンくんにしては、やるじゃないか!」

 それぞれの家で昼ご飯を食べ、改めて学校の校門で落ち合うことにした。洋一郎にも声をかけたところ、一緒に行くことになった。三人ともリュックを背負い、並んで歩いた。果樹園を過ぎ、見慣れてしまった泰史の家に着く。そしてインターフォンを押した。いつも通り、泰史のお母さんの声が返ってくる。
「五年二組の黒木です。泰史君はいますか?」
「あ、黒木君。ちょっと待ってね」
 おばさんの反応がいままでと少し違うように感じた。そして、家の中から、まだ声変わりのしない泰史の声が聞こえてくる。何を言っているのかまでははっきり分からない。少し空いて、インターフォンのスピーカーから返事があった。
「黒木君、泰史、会うって言ってるよ。今開けるから待っててね」
 そしてドアが開いた。泰史のお母さんは龍太の顔を見て微笑んだが、他に二人いることに気付き、すぐに表情を変えた。
「えっと、貴方は……」
「五年二組の杉田吾郎です。野球ではお世話になりました」
 すかさず頭を下げる吾郎。そうか、野球のメンバーだった吾郎は、おばさんにとってはもしかすると昭や孝弘と同じく、息子をいじめる敵に思えるのかもしれないと思い至った。
「杉田君、久しぶりね。やっぱり大きくなったわね。それに石黒君もまた来てくれたのね」
 そう言って振り向き、泰史を呼んだ。「ちょっと! お友達、三人来てくれてるわよ!」
「ええっ?」と声がして、泰史が顔をのぞかせた。そして、これまで何事もなかったかのように言った。
「吾郎、龍太、あと洋一郎! みんな、なんか久しぶりだな」
 実際、龍太は一週間前に会っているのだが、もし普段通り学校に来ていれば毎日会うのだから、「久しぶり」でも間違っていないのだろう。

「おお、泰史、元気そうでよかったよ。ところでさ、今日はこれ、みんなでやろうと思って」吾郎はそう言って、リュックのファスナーを下に引いた。
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