第6話

文字数 1,021文字

 そんな頃、祖父の法事で宮崎に数日滞在することになった。学校を公然と休むことが出来る。引っ越し以来の飛行機は楽しかった。チキンスープが美味しいのだ。

 法事は子供にとって全く面白くない行事だが、未就学の弟や従弟もいる手前、おとなしく参加した。田舎の法事であり集まる親戚は多く、龍太は賢くなったとなあ、なんて大人たちから褒められるのはうれしかった。心が緩んでしまったのか、つい「東京には帰りたくなかと…」と久しぶりの宮崎弁でつぶやいていた。

 両親は何かに気づいていたのだろう。祖母宅にしばらく龍太を置いていくことにした。当時の友達のところにも顔は出しにくい。さりげなさを装って、和也の家の近くをしばらく徘徊した。昔のように「長友くーん、あーそーぼー」なんて気軽に言えない。結局一人で帰った。こうなってしまうと、やることがない。テレビだって、民放わずか二チャンネルの田舎である。東京で観ていた番組の続きも観られない。東京から持ってきた漫画「Dr.トランプ」は何回も読んだ。

 数日後、母が迎えに来てくれた。祖母が作ってくれる冷や汁をしばらく食べられなくなるのは残念に思った。が、さすがに暇な時間が多くやることもないので、素直に従って東京へ戻った。「にちりん」から、小倉で「ひかり」に乗り継ぐ。ここで買う「かしわめし」は最高の駅弁だ。でも、小倉の新幹線ホームから見えた北九州の港は寂しさを増強した。船の積荷であるコンテナに書かれた外国の文字。二年前はワクワク感を高めてくれた。しかし今は、理解できない異質な世界へと引き戻す呪文のように見える。
 新幹線から見えた姫路城も富士山も、良いものと感じられない。車中、素直に打ち明けはしなかったが、行きたくない、と思いながら涙を流した。母は熱心に週刊誌を読んでいた。

 翌日、一週間ぶりに登校した。行きたくない気持ちもあったが、玄関を出る時は明るく振舞った。教室に入ると、以前と様子が異なっているように感じた。積極的に話しかけられることもなかったが、明らかに無視されるということもなかった。
 そして休み時間に、孝弘に呼び止められた。
「ちょっと、殴らせろ」
 ついに来たか。これまで身体的な暴力を彼らから受けることはなかったので、覚悟し身構えた。龍太も喧嘩は減ったとは言え、腕に覚えがないわけではない。なのでやられたらやり返そうと思っていた。また、周りから泰史や吾郎が出てくるのではないかと警戒しつつ、次の手を待った。
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