第42話

文字数 1,029文字

 便箋と水性ボールペンの黒とをレジに出す。文房具店のおばちゃんはよく話しかけてくるので、なんとなく恥ずかしい。案の定「あれ? 今日はおしゃれな便箋ね? 誰に出すの?」なんて聞いてきた。周りに知り合いがいないことは何度も確かめているが、もう一度辺りを見回した。そして「まあ、友達です」と答える。さすがにそれ以上は突っ込まれないが、こういうのは止めて欲しい。

 そしてここからも細心の注意が要る。お店を出るこの時。あと十分少々で塾の授業だ。時間はあるが、いつもよりは遅い。でもこのくらいの時間に多くの塾生が入ってくる。つまり、誰かには必ず見られるのだ。文房具店から出てくる龍太の姿を。
 そっと扉を引き、ゆっくりと外へ出る。おばちゃんに見られているような気がするが、これは仕方が無い。右に数メートル進めば塾の入るビルに着く。まず左をみて、少なくとも吾郎や同じ小学校の連中がいないことを確かめて歩道に進んだ。
 そう、自分は必要な文具を買っただけ。だから何も臆することはないはずだけれど、ドキドキしてしまう。手掌に汗をかきながらも、目指すビルの階段が見えてきた。とその時、後頭部に衝撃を感じた。あっ、見つかった。いや、冷静に……。

「龍太、今日学校でほとんど話さなかったな」
 吾郎だ。やっぱり学校での行動は、変だったのだろうか? 文房具店から出てきたところは見られているのだろうか?
「あー、うん。ごめん。何か、泰史に絡まれて」
 自分から話しかけようとしていた、とは言えなかった。
「あっ、そういえばあっちに、その泰史がいたぞ?」

 文房具店とは反対の方向。あの先には駄菓子屋がある。お菓子の他、簡単なおもちゃや機動勇士ダンガムのプラモデルが置いてあり、小中学生がたむろしやすい店だ。振り返ると確かに小柄な泰史の後ろ姿が見える。野球チームのジャージ姿に野球帽。道具をいれる大きなカバンを肩から下げている。一緒にいるのは六年生のようだが、こちらは私服。だから一層、泰史が目立って見える。

「今日、野球だろ?」
「そうなんだけど、あいつ練習行ってないのかな。一緒にいるのは引退した六年生だな」

 吾郎にそう言われ、不思議に思った。真面目とは言えない泰史だが、野球の練習だけはきちんと参加していたはず。今もその服装だ。でも、もう練習も始まっている時間だ。

 そこに留まっていては自分たちも授業に遅れてしまうので、龍太と吾郎は急ぎ足で階段を登り、教室に入った。でも、泰史は何をしているのだろう?
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