第51話

文字数 1,032文字

 土曜日は山田さんの動きが気になって仕方がなかった。が、一言も話ができなかった。何か誤解されたりしたのかもしれない、と気が気でない。昭たちとも会話はないが、関心がないように振る舞おうと思っていた。

 四時間目に昨日のテストが返却された。井崎さんが嬉しそうにしている。八十点を超えるのが珍しいらしい。黒木君のお陰だね、とニコニコしている。昨日の舌打ちを思い出して龍太は苦笑いだ。「輪中」と書いてマルをもらったのだろう。いつもなら担任教師から答案を受け取った後、鈴原さんのところを通ってから戻ってくる井崎さんだったが、まっすぐ自分の席に戻ってきたのだった。鈴原さんより上の点だったらまずいのだろう。でもきっと、鈴原さんは九十点くらいあるのではないかな、と龍太は思っていた。龍太のそれはもちろん百点。自慢にもならないと思っているが、誇らしい気持ちももちろんある。隠す必要はないが、井崎さんには見えないようにしておいた。

 窓際後方が騒がしくなった。昭が六十五点、孝弘は六十八点らしい。恥ずかしくないのだろうか。そして鈴原さんが八十点で威張っていた。山田さんは黙っている。鈴原さんより上なのだろう。
「なんだ? 俺、八十五点だぜ」
 その騒ぎの中、泰史がつぶやいた。泰史は勉強が得意とは言えないし、真面目に取り組むことも少ないが、全くの落ちこぼれでもない。五年の始め、塾に行き出した吾郎をバカにしていたが、決して根拠のない話ではないのだった。
 元々テストでは泰史には負けることが多いはずの昭だが、地位の上がった今、泰史より低い点数というのは納得がいかないのだろう。それを聞きつけてすぐに龍太たちのいる列にやってきた。
「泰史、お前、龍太に教えてもらったんだろ? 龍太も正直に言えよな!」

 言いがかりにもほどがある。泰史は龍太の後ろなので、覗かれた可能性は否定できないが、共犯を疑うとは。しかも昭は、鈴原さんの答案をカンニングしてやっと六十五点のはずだ。自分を棚に上げたその発言は許しがたい。

「まだ授業中です。答案を受け取った人は自分の席に戻りなさい!」
 担任の声が響き、昭は渋々ながら自席に戻っていった。多分教室の大半は、昭の発言内容なんて信じずに、龍太や泰史のことを信じてくれると思う。でも、あんなことをみんなの前で言うと、疑いの目でみてくる人もいるかもしれない。そして小声ではあったが、井崎さんが言った「黒木君のお陰」も問題だ。しかも担任は昭の発言内容については注意しなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み