第102話

文字数 1,067文字

「黒木君、優しいね。でも大丈夫」
 そう言い残し井崎さんは行ってしまった。龍太は一人飼育小屋を出て、ゆっくりと校門に向かって歩きながら考えた。井崎さんは自分のやりたいことを自分で決め、そして実行しようとしている。そのことでおそらく、鈴原さんのグループから外される。いや、もう外されたのかもしれない。校門手前の、今は誰も腰掛けていないタイヤを目にした龍太は、昨日の光景を思い出した。鈴原さんが座るタイヤの根元に、小島さんと土井さんがいたあの状況。龍太や井崎さんと同じ班であるこの二人の女子は、決して井崎さんを無視したりはしていなかったが、今日を振り返ると何かよそよそしい感じがあった。そんな中での井崎さんの言動だと考えると、彼女がものすごく強い人物のように思えて来た。

 土曜日の午後、龍太は吾郎、洋一郎と連れだって泰史の家に向かった。泰史のお母さんはこの日も歓迎してくれた。金曜日に少し雨が降ったせいで駐車場の地面にはぬかるみがあったので、四人は足元に気をつかいながらも楽しくキャッチボールをした。洋一郎がずっこけたのをみて、泰史が大笑いをする。いい雰囲気が作れているようだ。先週の比較にならないくらい靴下に泥がついてしまったので、泰史の家にあがるときは裸足になった。浴室で足を洗わせてもらい、リビングでケーキをいただいた。今日はバナナを包んだロールケーキ。生クリームとバナナの組み合わせが実に美味しい。
「なんだよ、吾郎? まだクリスマスには早いぞ!」
 生クリームで口ひげを生やしたようになった吾郎を見て、泰史がからかう。そんな泰史をみて、龍太は安心すると同時に、やはり納得できないものを感じた。そして切り出すなら今だ、と思った。吾郎と洋一郎とは、機会をみて龍太が切り出すという打ち合わせが済んでいる。

「なあ、泰史? あさっての月曜日は席替えだからさ、学校来た方がよくない?」
 何か企んでいそうな憎たらしい笑顔をしていた泰史だったが、龍太の言葉を聞いてがらりと表情を変えた。「変えた」というよりも、「消した」と言う方が正しいかもしれない。そしてすっと立ち上がり、リビングから無言で出て行ってしまった。フォークで切ったバナナロールの綺麗な断面が、龍太の目の前で微かに揺れている。
「俺、まずかったかな……」何とか振り絞って、二人に尋ねた。
 同じように驚いていた吾郎と洋一郎だったが、まず洋一郎が口を開いた。
「いつ龍太が言いだすのか、待っていたんだけど、まあ、難しいよね」
 そして吾郎が続ける。
「うん、これはまあ、仕方ないよ。でも、どうする?」
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