第9話

文字数 1,083文字

 吾郎が塾に入ったことは、既に学校では知れ渡っていたようだ。吾郎はからかわれるよりも、無視される方が多かった。だから学校の先生もあまり干渉できなかった。でもこの日は違った。算数の時間、吾郎が誤答を発表した。割合の元にする量と比べる量。五年生の壁。ここぞとばかりに泰史や孝弘が聞こえる音量で(つぶや)く。
「塾行っても無駄じゃんか」
「馬鹿は何しても馬鹿」
 先生もこれには反応する。
「何てことを言うんですか!」
 急に静まり返る教室。先生もきっかけを探していたのか、激しい。算数の授業は中断され、緊急の学級会となった。机をコの字に並び替えながら、泰史は文句を言う。あー、めんどくせーなー。
 孝弘は黙って座っていた。龍太はこの二人にも、吾郎にも話しかけることはできなかった。むしろ授業が中断されたことを怒っているような態度をとった。発言力のある女子たちも同様で、聞こえるような声で文句を言っている。が、龍太はその会話にも参加しなかった。

 学級会では、結局、授業を妨害しないこと、個人を馬鹿にしたような発言はしないこと、という一般的な結論を確認するに留まった。なぜ吾郎がそう言われたのか、という個人的な事柄は学級会では話し合えないのかもしれない。でもこれでは、吾郎にとっての解決にはならないと龍太は感じた。

 やはりそうだった。下校の時も泰史は変わらず、運動場に吾郎を中傷する声が響く。吾郎は、その場にはいないようだ。龍太は我慢できず、昇降口を出て先を歩く泰史に近付く。いつもと様子が違う。そばにいる孝弘が、泰史に同調せず黙っているのだった。
「なんだよ、龍太」
「お前さあ、文句は直接言わないと、吾郎も何が悪いのか分からないじゃんよ」
 龍太は思い切った。
「え、何? 龍太は吾郎の何がダメだと思ってんだよ?」
 不意を突かれた。龍太は、泰史から無視仲間に誘われたのだった。こいつは吾郎の何かが不満で、オレやみんなに吾郎を無視させたんじゃないのか? だから二か月も吾郎は悩んでいた。オレも悩んだ。なのに、オレに吾郎のダメなところを指摘させる?

 黙っていると、孝弘がしゃべりだした。
「みんな、よくわかんないけどムカついてたんだよな」
 泰史が答える。
「わかんないのか? じゃあいいよ、お前ら吾郎と遊べばいいんだよ! 馬鹿!」

 そう聞いて、何かが動いた。龍太と孝弘は目を合わせ、泰史から離れるように走り出し、校門のそばで振り返った。でも、新しいロクヨンを始めてはいけない。二人はそれも分かっていた。
 「じゃあなー、泰史、また明日!」と声を揃えた。
 そして二人で一緒に帰った。梅雨の晴れ間が心地よかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み