第48話

文字数 1,196文字

 教室に入ると、いつも通り昭と孝弘が遊んでいる。テストには無関心のようだ。彼らに呼ばれるかもしれない、と身構えるが、声を掛けられることなく時間が過ぎた。そして鈴原さんと井崎さんが入ってきた。
 井崎さんは龍太の隣にランドセルを置くや、鈴原さんの席に向かう。昭と孝弘も混ざり、楽しそうにおしゃべりを始めた。あいつらに無視され始めたのかもしれない。ならばこちらからも話しかけないぞ、と思う。井崎さんは隣だけど、どうせ休み時間はここにいない。なんとかなるはずだ。
 その後、山田さんが入ってきたようだ。緊張し振り返ることが出来ないが、背後を通過する微風(そよかぜ)のような感覚。少し遅れて泰史の声が聞こえて来たので、間違いない。泰史は無邪気に、しかし昔よりは小さな声で話しかけてきた。
「龍太、おはよう。お前、なんでランドセル机の上にあるんだ?」
 挨拶って大事だなあ、と他人事のように思いながらも、そのランドセルの錠前がしっかり縦に固定されていることを確認し、半端に返事をした。そして放課後までには手紙を渡すぞ、と決心する。

「そういえば、一時間目はテストじゃん。まあ、関係ないな、オレ達には!」
 泰史の関係ない、と龍太のそれは全く意味が違うが、発言は間違っていない。しかしこの直後、窓側から声が聞こえて来た。鈴原さんだ。
「余裕のある人たちが(うらや)ましいわね。おほほほー」
 マンガか何かのしゃべり方を真似ているようだ。昭がすかさず
「なんだよ、鈴原さんは結構点数とるじゃん? 少なくとも俺らよりは!」と応じると、
「昭君は、野球で活躍するから、ね?」とこちらまで聞こえるよう声で返している。
 向こうの様子が気になるが、昭と目が合うと何か起こりそうだし、山田さんと合ってしまったら恥ずかしい。泰史に適当に話を合わせ、朝の会を待った。


 テストの直前だった。隣の井崎さんが、突然笑顔で龍太に話しかけてきた。
「ねえ、黒木君。社会、わたし、本当に苦手で。ちょっとテストの時、助けてよ」
 そんなことは絶対にしたくないし、井崎さんを助けたいなんて全く思わない。
「それはダメだよ。じゃあ、絶対に出る問題。自動車の街なら富田(とみた)市、平野は濃尾平野で川は三本。洪水なら輪中。これだけ覚えて」
「何よー、隣で同じ生き物係なのに、ケチ過ぎる」
 糞掃除をしないくせによく言うな。とは言い返せないが、言いなりになっても良いことはない。答案が見られないようしっかり右腕でガードしながら、龍太は解答を終えた。多分満点だ。周りを見回すとこっちがカンニングを疑われるので大人しくしているが、窓際からはコソコソと声が聞こえる。やっぱりそうか、と龍太は思う。鈴原さんを中心にこっそり教え合っているのだろう。山田さんの声はしないようだが、隣の孝弘は盗み見ているのではないだろうか。なんで担任は黙っているのか、不思議でならない。でも、右隣りから聞こえた舌打ちの音は快感だった。
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