第124話

文字数 1,018文字

 翌日、龍太が教室に入ると昭が近付いてきた。
「龍太、昨日はなんであそこにいたんだ?」
「ああ、うん。ちょっと吾郎とたまたま会って。川に沿って走ってただけだよ」
 明確な目的なく自転車を漕いでいたのは事実だ。
「そうか、じゃあ俺らともホントに偶然会ったんだな」
 そう言って昭は頷き、自分の席についた。昭の席は龍太の一つ前だ。話の続きをしようと思えばすぐにできる。しかし昭は振り返ってこなかった。ランドセルを開けて教科書やノートを机の中に移していると山田さんがやってきた。
「黒木君、おはよう。昨日、あれからすぐ帰ったの?」
 龍太は椅子を少し引いて左手の山田さんに体を向けた。
「うん。クッキー美味しかったから余計にお腹減ってきて、即解散だよ」
「そっか。じゃあ、要らなかった?」
「そんなことないよ。助かったんだ」
「ふうん。ならいいけど」
 山田さんはちょっと首を曲げて、小さな声で話を続けた。
「それでね、泰史君ちなんだけど」
 いきなり来たか、と龍太も身構える。
「昨日の夜、暗いままだった」
 多分そうなんじゃないか。そう思ってはいたが、やっぱり帰ってきていてほしかった。龍太ががっかりした表情になったのを山田さんは見逃さない。
「やっぱり大阪だろうね。お父さんの仕事がお休みじゃなくても、お母さんと二人でいるんでしょ、きっと」
 山田さんはそう言ってさっと体の向きを変える。いつの間にか篠山さんも河田さんも着席していた。ちょっと気まずい思いをしながら龍太は黒板に顔を向けた。

 朝学習は漢字の小テストだった。龍太にとっては何ともない課題だ。答案を交換して採点するが、隣の河田さんはいくつか空欄があった。真面目に漢字練習帳を書いているはずの河田さんだが、成果は上がらない。隣から「あっ、そうかあ」とつぶやく声が聞こえてくる。
「なんだよ、篠山。満点じゃん」前の席では昭がちょっと大きめの声を出す。前後で同じことが起きていることに面白みを感じながら、龍太は山田さんの出来が気になった。もし塾に入ってくるなら、これくらいは満点じゃないと上位クラスは厳しいだろう。左耳を集中させるが、山田さんのみならず隣にいるはずの清水の声も聞こえてこない。あの二人、全然会話していなんじゃないだろうか。逆にそんな心配までしてしまう。
 一番後ろの席に座る久保が答案を回収していく。チラリと見えてしまったが、昭は半分くらい書けていない。左サイドが気になるが、目を向けることができなかった。
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