第37話

文字数 1,086文字

 これ、きっと山田さんからの手紙だ。

 龍太は確信し、早く読みたい気持ちでいっぱいになった。しかし、教室でそれをあけっぴろげに読むことは絶対にできない。バレないようにランドセルにしまって、家で読まなくてはいけない。それにしてもどうやってこれを入れてくれたのだろう。以前から女子の見事な着替え技などに感心していた龍太は、こういう技にも()けている彼女たちを、ここではもちろん山田さんのことを、なのだが、凄いなあ、と思ってしまう。こういう器用なことが出来る男子は、とても思いつかない。

 四時間目以降、山田さんをちらちらと見てしまうが、むしろ彼女はこちらを見ないようにしているかのようだ。寂しいが、もう手紙は渡したでしょ? というメッセージを受け取っているように思えた。だから六時間目が終わるまでは、極力気にしない素振りを続けた。知っている人がみたら、むしろ怪しいだろうな、という想いはあったが。
 授業が終わってすぐ、机の中をごそごそとまさぐり、手紙を国語の教科書の最終ページにしっかり(はさ)みこんだ。そして何事もないように、ランドセルにしまった。誰にも見られなかったと思うが、わずかに厚みを増した教科書を持つ手が震えているのを自覚した。

 吾郎にバイバイを言って、足早に自宅へと向かう。塾が無い日は、学校でしばらく喋ることもあるが毎回ではないので、多分怪しまれないだろう。手紙の内容はともかく、きっと泰史の件で協力者になりうる吾郎だから、この手紙のことを打ち明ける可能性もあるのだけれど、今はまだそのタイミングではない。何より、山田さんとの約束を破ることは絶対にダメだ。

 自宅に着き、まっすぐ階段を登って自分の部屋に入った。いつもと違い、ランドセルを丁寧に机の上に置いた。そしてゆっくりと広げる。音読の宿題がなくなった四年生以降、国語の教科書など自宅で開いたことはないが、今日は特別だ。最後のページを開き、水色のパステルカラーが眩しい便箋を取り出した。
 手を洗い忘れたが、もうそんなことは良いだろう。指紋をつけないように隅っこを持ち、よく眺める。中央に、やや丸まった、しかし丁寧な文字で「黒木龍太君へ」と書いてある。黒いペンで書かれ、ハートマークはついていないが、がっかりすることはない。と自分に言い聞かせた。
 そしてハサミを取り出し、封を開ける。切れ端を捨てるのももったいないので、引き出しに入れた。ここはあの埴輪ボールペンを置いていた場所だ。今日もランドセルの中で出番を与えられずにいたそれを思い出し、一呼吸置き切れ端の隣に並べてみる。(みじ)めな気もするが、なんとなく楽しくなってきた。
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