第55話

文字数 1,023文字

 日曜の夜。黒木家では家族全員でJHKの歴史ドラマを観る習わしだった。まだ年長組の俊太はさすがに終わりまでじっとしていることが出来なかったが、テレビのある居間で大人しく遊ぶのが常だった。鑑賞後、父が龍太に感想や意見を求める。時には三十分以上、父の解釈を聞かされる日もあった。この年は「徳川家康」。様々なことに耐えながら最終的に天下人になる家康のドラマは、龍太の興味も引いていた。敵であるはずの石田三成を(かくま)う場面が放送され、父の話も長くなるのでは、と心配しつつ期待もしていた。面倒くさいけれど、面白い。塾の勉強と一緒だと思う。

 だが運動会の後であるその日の話は、五分くらいで切り上げられた。そして父が尋ねる。
「龍太、運動会はどげんだったと? お父さんが帰った後は」
 白組が勝ったことは既に伝えていたので、やはり元気のない姿を(さら)していた泰史のことを聞いているのだろう。一応、確認する。「うん、泰史のことよね?」
「分かってるな。なら、どげんよ?」直球勝負だ。
「優勝したとは、泰史がリレーで二人抜いたからでぇ。それで、そのまま逃げ切ったと」

 母が居間から静かに出ていった。俊太と一緒に台所へ向かったのだろう。父と二人になり、龍太はなるべく宮崎弁で話そうと意識した。
「じゃあ、泰史くん、嬉しかったなあ」
「それが、一人抜いた時はまだみんなシーンとしちょってね。二人抜いたところで、一組の連中が喜び始めた」
「龍太は、どうしたと?」
「一人では騒げん」
「そうか」
「なんか、みんな言葉を無くしちょったみたいで。女子は泰史の前に走っとった堤さんを褒めとったけど、堤さんは三位のまんまだったかいね」
「うん」
「だけど、帰りの会で、僕が泰史を褒めたと」
「よし、龍太。よくやったな。それでいいがよ」
「だから、明後日がちと怖い気もすっと」
「一日空いとるからな。問題なかろう。てげてげよな」
「そんなもんかな」
「大丈夫。前もいうたが、昔からそんなんは一緒よ。お父さんにもあったから」

 この話ぶりから、父はもしかして、いじめっ子の方だったのではないか? と勘繰ったが、それは聞きづらい。いつか確かめたいが、怖い気もする。今はやっぱり止めておこう。
「じゃあ、信じっと」
「なら、明日の宿題やっとけ」
 学校は運動会の振替で休みだが、月曜日は塾がある日だ。今から宿題を仕上げなければいけない。金曜日は山田さんのことばかり考えていて授業に集中できていなかったことを思い出し、二階へ駆け上がった。
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