第142話
文字数 1,171文字
「でも、黒木くん、そのことを言いに帰ってきてくれたの? おうちの用事は?」
少し真顔になった山田さんが尋ねてきた。家の用事があるからと言って泰史の家から出たことを、龍太は今になって思い出した。
「まあ、その……。ちょっとまだ余裕はあるから」
そう言って黙ってしまった龍太に向かって、山田さんが声をかけた。
「ありがとう。優しいね。あ、あの……お母さんが、上がってもらいなさいって」
返事を待たずに山田さんは龍太に背を向けて廊下を進んでいった。一戸建ての黒木邸や御手洗邸とは違い、その廊下は短く、すぐに山田さんはお母さんを連れて玄関に戻って来た。
「まあまあ。黒木くん、遠慮しないで、どうぞ」
山田さんのお母さんにそう言われ、龍太は「お邪魔します」と言って靴を脱いだ。靴を揃えてつま先を玄関の扉側に向けたとき、山田さんのお母さんが大げさに龍太を褒めた。すると山田さんが「もう、うるさい。黒木くんはすごいの!」と言ってお母さんを軽く叩いていた。
リビングに通され、山田さんが麦茶を注いでくれた。お母さんは別の部屋に行ったようだった。コップを龍太の前に差し出して、山田さんが口を開いた。
「黒木くん、本当、来てくれて有り難う」
「いや、落ち込んだりしてなかった?」
龍太がコップに口を付けたのを確認して、山田さんも麦茶のグラスを手にした。
「うん。なんかやっぱり、私が行ったせいでゲームができなくなったり、キャッチボールがつまらなくなったりしてたんじゃないかな、っていうのは思ってて」
山田さんの喉がごくりと動いた。
「そう思っちゃうのは仕方ないけど、山田さんが来てくれていい雰囲気にもなっていたと思うよ」
「黒木くんがそう言ってくれるんなら、よかった」
龍太も麦茶を口に含んだ。なんだか喉が渇いてしまう。
「いや、僕だけじゃなくて、吾郎も洋一郎もそう思ってるよ」
「杉田くん、そう言ってたの?」
「もちろん」
「そっか。石黒くんも?」
「だね」
二人からそのようなことは言われていないのだが、山田さんのことを気にかけていたのは事実なのでこの返事で問題はないだろう。
冷蔵庫のコンプレッサーの音が強くなった。そして山田さんが言葉を発した。
「泰史くんは、分からないよね?」
泰史からそんなことは聞いていないし、少なくとも山田さんのために何かしようと思ったりはしていないと想像できる行動だった。
「うん、泰史のことは分からない」
間を置いて山田さんが続ける。
「そうよね。みんな泰史くんのためにやってるのにね」
「まあ」
「それなのに私に気を使わせちゃうのは、やっぱりダメだったかな」
龍太は山田さんの視線を感じたが、咄嗟には目を合わせられなかった。しかしここで何か言わないと、わざわざ来た意味がないとも思った。
「泰史はともかく、僕は今日山田さんが来てくれて嬉しかったし、楽しかったよ」
少し真顔になった山田さんが尋ねてきた。家の用事があるからと言って泰史の家から出たことを、龍太は今になって思い出した。
「まあ、その……。ちょっとまだ余裕はあるから」
そう言って黙ってしまった龍太に向かって、山田さんが声をかけた。
「ありがとう。優しいね。あ、あの……お母さんが、上がってもらいなさいって」
返事を待たずに山田さんは龍太に背を向けて廊下を進んでいった。一戸建ての黒木邸や御手洗邸とは違い、その廊下は短く、すぐに山田さんはお母さんを連れて玄関に戻って来た。
「まあまあ。黒木くん、遠慮しないで、どうぞ」
山田さんのお母さんにそう言われ、龍太は「お邪魔します」と言って靴を脱いだ。靴を揃えてつま先を玄関の扉側に向けたとき、山田さんのお母さんが大げさに龍太を褒めた。すると山田さんが「もう、うるさい。黒木くんはすごいの!」と言ってお母さんを軽く叩いていた。
リビングに通され、山田さんが麦茶を注いでくれた。お母さんは別の部屋に行ったようだった。コップを龍太の前に差し出して、山田さんが口を開いた。
「黒木くん、本当、来てくれて有り難う」
「いや、落ち込んだりしてなかった?」
龍太がコップに口を付けたのを確認して、山田さんも麦茶のグラスを手にした。
「うん。なんかやっぱり、私が行ったせいでゲームができなくなったり、キャッチボールがつまらなくなったりしてたんじゃないかな、っていうのは思ってて」
山田さんの喉がごくりと動いた。
「そう思っちゃうのは仕方ないけど、山田さんが来てくれていい雰囲気にもなっていたと思うよ」
「黒木くんがそう言ってくれるんなら、よかった」
龍太も麦茶を口に含んだ。なんだか喉が渇いてしまう。
「いや、僕だけじゃなくて、吾郎も洋一郎もそう思ってるよ」
「杉田くん、そう言ってたの?」
「もちろん」
「そっか。石黒くんも?」
「だね」
二人からそのようなことは言われていないのだが、山田さんのことを気にかけていたのは事実なのでこの返事で問題はないだろう。
冷蔵庫のコンプレッサーの音が強くなった。そして山田さんが言葉を発した。
「泰史くんは、分からないよね?」
泰史からそんなことは聞いていないし、少なくとも山田さんのために何かしようと思ったりはしていないと想像できる行動だった。
「うん、泰史のことは分からない」
間を置いて山田さんが続ける。
「そうよね。みんな泰史くんのためにやってるのにね」
「まあ」
「それなのに私に気を使わせちゃうのは、やっぱりダメだったかな」
龍太は山田さんの視線を感じたが、咄嗟には目を合わせられなかった。しかしここで何か言わないと、わざわざ来た意味がないとも思った。
「泰史はともかく、僕は今日山田さんが来てくれて嬉しかったし、楽しかったよ」