第137話

文字数 1,062文字

「持ってるけどさあ。あれ、お金数えるのがめんどくさいし、ごちゃごちゃして嫌いなんだよな」
 泰史はそう言って立ち上がり、龍太たちに背を向けた。ああ、今日はこれで終わりか。龍太はそう思い、三人の顔を見た。その瞬間吾郎が椅子を離れ、泰史に立ちはだかった。
「泰史お前、どうするつもりなんだ?」
「ああん? なんだ吾郎、そんなにボードゲームがしたいんなら持ってくるけど、俺はやらないよ」
「それじゃあ、意味がない」吾郎が言い返した。
「なら、帰れよ。今日は終わりだ。ファミゲーの新しいソフトを買ったんだ。それがやりたくなった。吾郎もやりたいんじゃない? セヒヴズだぜ」
 吾郎と洋一郎はその新しいゲームに関心があるはずだ。龍太は二人がその話をしているのを聞いた記憶があった。
「それ、面白そうだけど、今日は違うと思うよ、俺も」ここまで成り行きを見守っていた洋一郎が声を出した。
「せっかく山田さんも来ているのに、みんなが参加できないファミゲーをするのは違うと思うよ」
 もっともな意見に龍太も頷く。一方でこれは、山田さん思いの発言だ。この場面でそれをアピールする洋一郎に龍太は少し焦りを感じた。
「洋一郎と吾郎の言う通りだよ、泰史」
 慌てて同意を示した龍太の後、泰史はその場で足を踏み鳴らすが、リビングからは出ていこうとはしなかった。
 恐る恐る覗き見ると、山田さんは目に涙を浮かべてしまっていた。この状況で五人仲良く、というのはおそらく不可能だ。実際に解散を言い出せるのは、自分の役割かもしれない。龍太はそう判断した。
「ごめん、泰史。俺そういえば今日、三時半までには家に帰らなきゃいけなかった。だからこれで今日はおしまいにしよう。みんなもごめん」
 洋一郎は少し驚いたような表情をしたが、山田さんと吾郎は龍太の顔を見て頷いた。缶ジュースの空き缶を各自が持って、リビングルームの敷居をまたいだ。泰史は玄関までついて来たが、言葉は無かった。四人そろって「おじゃましました」と大きめの声を上げたが、泰史のお母さんは姿を見せなかった。

 三時半に帰宅しなければならない、というのは龍太が咄嗟についたウソだった。みんなもそれは分かっているだろう。このまま泰史の家からはなれたところへ移動し、山田さんも含めた四人で遊べたらいい。龍太はそう期待していたのだが、その山田さんが言う。
「みんな、今日は有り難う。私、邪魔だったのかな。ごめんね。もう帰るね。黒木くんもおうちの用事、気を付けて」
 アパートへと向かう山田さんの小さい背中を見送ってから、男子三人は自転車に跨った。
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