第四章 三十八話 「秒間百発の機銃掃射の嵐」
文字数 4,476文字
微かに聞こえる爆発音と赤く染まった北西の空を見ながら、ウィリアムは呟いた。
先程より彼の背後では待ち伏せ班からの指示を受けた六基のM30重迫撃砲が攻撃開始の狼煙代わりに撃ち込んだ照明弾を皮切りに一〇七ミリ砲弾を次々と撃ち出し、奇襲を受けているはずの敵先遣部隊に対して砲撃を続けていた。
「少尉達…、大丈夫ですかね…。」
ウィリアムの隣で双眼鏡に眼を当てて、北西の方向を見つめているイーノックが不安げに漏らした。敵の車両は二十両、兵士の人数は推定三百人。捕虜の情報では車両の中には戦車も含まれており、待ち伏せによる先制攻撃と迫撃砲による後方支援があるとはいっても、二十人の規模で制圧し切るには大き過ぎる戦力差があった。
「やり過ぎるな、再起不可能な一撃を与えれば良い。そう伝えているから大丈夫だ.。」
爆破音が轟き続ける北西の空を見つめたまま、ウィリアムは自分に言い聞かせるように言った。
虎の子の五九式戦車が破壊された直後、その後ろにつくPT-76水陸両用戦車がアール達に向けて、主砲の七六.二ミリ砲を反撃に撃ち込んだが、落ち着いて照準をつけること間もなく、撃たれた砲弾は身を伏せたアール達の頭上を行き過ぎ、彼らの後方二十メートル付近で爆発した。反攻の機会を逃したPT-76の乗員達に第二射を撃つ暇はなかった。砲塔内の装填手が次弾を装填するよりも早く、ジャングルの闇の中に広がった七六.二ミリ砲弾の爆炎を背後に起き上がったアールがM18五七ミリ無反動砲を構え直して、引き金を引いたのだった。後方噴射の白煙とともに撃ち出された三発目の無反動砲弾がPT-76の砲塔上面に突き刺さり、五九式戦車のものより薄い、厚さ八ミリの溶接鋼の装甲を撃ち破った後、積載砲弾もろとも無反動砲弾が爆発したPT-76戦車は車体後部の水上航行用スクリューから炎を吹き出すと同時に、火だるまになった砲塔を、照明弾の明かりの薄まった夜空に吹き飛ばした。
水陸両用戦車が砲塔を散らした後ろでは対戦車弾と機銃掃射、そして迫撃砲弾の集中攻撃に前後を挟まれた六三式装甲兵員輸送車と後ろに続く通常車両群が唯一の逃げ場を求めて、小道の左側の湿地帯に逃げ出そうとしたが、まず最初に機銃架にM60機関銃を搭載したケネディ・ジープがM14対人地雷を踏み、撃鉄に雷管を打撃された地雷が撒き上げた爆圧によって、乗員達や機銃手共々、車体を粉々に散らした後、続いてM18A1クレイモアに繋がったトラップワイヤーを切ってしまったCA-30大型トラックが指向性地雷から爆発とともに撒き散らされた七百個の鉄球に車体中を穴だらけに穿たれ爆発した。二両の味方車両が間近で爆散する様子を六三式装甲兵員輸送車の車体上に乗った北ベトナム軍兵士達を呆然として見つめていたが、死は彼らにも迫っていた。直後に彼らが乗る装甲車がM19対戦車地雷を踏んだのだった。溶接装甲で全面を固めた六三式装甲車は直下から襲ってきた総量九.五三キログラムのコンポジションBの爆発により、粉々に吹き飛び、車体上面に乗っていた北ベトナム軍兵士達も地雷の爆発と同時に宙空へと弾き飛ばされ、引火した燃料タンクの中の燃え上がるガソリンを浴びて、全身を焼かれながら死んでいった。
他にも数両の車両が小道の左側に出て、奇襲攻撃の混乱を脱け出そうとしたが、仕掛けられていた地雷の爆発と迫撃砲弾の追撃により、為す術なく殲滅させられた。二十両の車両の内、半数以上が破壊された北ベトナム軍の先遣部隊は残存した僅かな車両を盾にして生き残った百人弱の兵士が道の前後左右を塞がれた状態で茂みの中の敵へと反撃の銃撃を加えていた。
「リー、アーヴィング!長居は無用だ、退くぞ!」
敵が統制を立て直し始め、傍らでブローニングM1918軽機関銃を掃射していた南ベトナム軍兵士が撃ち倒されるのを視覚したアールは潮時と判断して、隊内無線の向こうにいる部下達に撤退を命じた。
「了解!」
無線封鎖を解除した隊内無線に弾けた上官の命令に張りのある声で返答したリーは指揮下の南ベトナム軍兵士達に先に撤退するよう伝えると、最後の後詰めのためにXM177E2カービンを構え、燃え上がる敵車列群に向けて照準をつけた。僅かに生き残った車両の内の一つであるBTR-152軽装甲車が車体後部の兵員室上部に装備した旋回銃座のDShK38重機関銃を掃射して、撤退しようとする伏兵達を追い込もうとしているのを視認したリーは二秒余りの照準の時間の後、XM177E2カービンの銃身下に取り付けられたM203グレネードランチャーの引き金を引いた。肩から全身に伝わる軽い反動とともに発射された四〇ミリ擲弾が曲射射撃で空中を飛び、装甲の施されていない上面からBTR-152軽装甲車の後部兵員室に飛び込んだ後、コンポジションBの炸薬を爆発させて、重機関銃手と乗員を無力化したのを確かめたリーは隣で援護についていたアーヴィングに合図をすると、お互いの死角をカバーしながら、後方に向かって走り出した。
「よし!ずらかるぞ!」
その瞬間、奇襲の成功に意気揚々とする胸の内を抑えながら走っていた二人の背中にサーチライトの強光が照射され、爆発と銃声の喧騒の向こう側から聞こえてきたヘリコプターのローター音に舌打ちしたリーは瞬時にサーチライトの光を避けるようにして、体を横に投げ出した。状況を即時に理解したアーヴィングがリーと同時に反対方向に身を投げ出した直後、先程まで彼らが走っていた地面を機銃掃射の嵐が削っていた。ただの機銃掃射ではない。通常の機銃を遥かに越える弾丸の発射速度と威力…。
「ミニガンか…!」
機銃掃射が背後を通り過ぎると同時に、リーは地面に伏せた体を起こして、眩い光源を機首下部から照射する小型偵察ヘリを睨んだ。ヒラー OH-23D レイブン…、かつてアメリカが解放民族戦線との戦いにおける"サーチ・アンド・デストロイ作戦"に大々的に投入した小型偵察ヘリコプターだ。その飛行する姿と外見から小型の昆虫を連想させるOH-23の機体が米軍のオーソドックスな汎用ヘリコプターであるUH-1を遥かに上回る機動性で空中旋回を即座に済ませて向かっていた先はリー達の方ではなく、先に撤退していた南ベトナム軍兵士達の方だった。
「後ろだ!避けろ!」
リーは全力で叫んだが、既に遅かった。十人のARVN兵士達は強力なサーチライトの光に視界を潰され、動きを止めた瞬間、急接近してきたOH-23のミニガンから秒間百発という桁外れの連射速度で放たれた五百発近い七.六二ミリNATO弾の嵐によって、体を肉片の細切れにまで引き千切られると、舞い上がった土煙の中に塵となって消えていった。
「クソがっ!」
こちらに側面を向けながら、目の前を飛び去るOH-23Dの機体にXM177E2カービンをフルオートで掃射したリーは数メートル離れたアーヴィングに、
「援護してくれ!」
と叫ぶと、ジャングルの闇の中に飛び込んで姿を消した。
「Shit….!」
素早い動きで旋回を済まし、次の獲物を求めて低空で接近してくるOH-23に構えたストーナー63A汎用機関銃の残弾を確かめたアーヴィングはヘリが三十メートルの距離に近づくと同時に機関銃の引き金を引き切り、真っ正面から突っ込んでくる小型偵察ヘリに向けて、七.六二ミリNATO弾の機銃掃射を放った。強装弾なら破れていただろうが、防弾機能を有するポリカーボネートガラスで覆われたOH-23のコクピットはアーヴィングの機銃掃射をいとも簡単に弾き返すと、今度は機体左側面のランディング・ギアに装着されたM134ミニガンがけたたましい機械音とともに、ストーナー63機関銃の三十倍の速度で銃弾を吐き出した。
「おお、まずい!」
アーヴィングの手前十数メートルの位置に着弾した機銃弾の嵐はOH-23が接近してくるとともに砂煙を巻き上げながら、アーヴィングが身を隠す熱帯樹に近づいてきた。通常の機銃弾とは比べ物にならない勢いで降り注ぐ銃弾の嵐に悪態をついたアーヴィングが木の陰から身を投げ出し、地面を数メートルほどローリングした直後、五十発以上の七.六二ミリNATO弾が毎秒八五〇メートルの超高速で木の幹に突き刺さり、相次いで貫通した。
ミニガンの銃撃によって、幹を穴だらけにされた大木が背後で音を立てて倒れる中、体を起こしたアーヴィングは飛び去るOH-23の小さな機影に、ストーナー63Aの機銃掃射を再度叩き込んだ。
四十発近く撃たれた七.六二ミリ弾の直撃に、機体後部のエンジン部分を中破させられた小型偵察ヘリはローターの付け根から黒煙を吐き出しながらも、アーヴィングから五十メートルほど離れたところで旋回を済ませると、再びミニガンを掃射しながら、毎時一五〇キロの最大速力でアーヴィングの元へと接近してきた。
地面を抉り、土煙を巻き上げながら近づいてくる機銃弾の嵐にアーヴィングは迷った。
右に避けるか、左に避けるか…。だが、今度は向こうもこちらが避けることを想定している。避け切れるか…?
それは一瞬の迷いだったが、その間にミニガンから放たれる七.六二ミリNATO弾の嵐はアーヴィングのすぐ数メートル先に迫っていた。
まずい…っ!!
反射的に体を右側に投げ出したアーヴィングを追って、OH-23が機体を左に傾け、ミニガンの射線を動かそうとするその瞬間だった。アーヴィングの位置から左に十メートルほど離れたジャングルの一角が小さく輝き、軽い破裂音とともに放たれた四〇ミリ擲弾がOH-23のコクピットに左側面から直撃した。ポリカーボネートの防弾仕様とは言え、四〇ミリグレネードの爆発には耐え切れなかったOH-23Dの小さなコクピットは一瞬にして、爆発の炎に包まれた。同時に撒き散らされた金属片が二人の操縦士の体を引き千切り、メインローター直下に設置されたエンジンも炎を上げて、あと少しでアーヴィングの体をミニガンの掃射で引き裂くところだったOH-23Dはその直前で内部から燃え上がると、機体の骨格は残しつつも炎の塊となって、猛烈な勢いでスピンしながら、高度を落としていき、身を伏せたアーヴィングの頭上を通り過ぎた後、その二十メートルほど先の地面に激突して、爆発音とともに四散した。
「Wow!すげぇもんだな。」
闇に包まれたジャングルを赤く染める航空燃料の炎を見つめて、よろつきながら立ち上がったアーヴィングの脇に、いつの間にか立っていたリーが撃ったばかりのM203グレネードランチャーから硝煙を上げるXM177E2を抱え、燃え上がったOH-23の残骸を見て歓声をあげた。
「お前は人をエサに…。」
怒り半分に呆れるアーヴィングに、
「戦争は結果が全てだろ?早いとこ少尉達と合流しよう。」
と言って、肩をすくめたリーはアール達との合流地点へと移動を始めた。その数十メートル脇の小道では壊滅状態になった北ベトナム軍先遣部隊の車両群が燃え上がり、亜熱帯の夜空を赤橙色の炎で染めていた。