第三章 六話 「支援要請」
文字数 3,545文字
空調で冷えた指令室の中に、ブラボー分隊との無線連絡を担当しているオペレーターが張り上げた声が響き、張り詰めていた緊張感が一気に高められるとともに、何事もなく作戦が終わってほしい、という願望が打ち消されたことによる失望感がコマンドルームの中に漂った。
「何と言ってきてる!」
そんな中で一人だけ常に表情を変えないメイナードが背後からオペレーターに問うた。
「攻撃を受けているようです。トンレ・スレイポック川の上流、南ベトナムとの国境から四十キロの地点で敵と交戦中。川に面した山の斜面で上下を敵に挟まれ、身動きが取れないようです。」
頭につけたヘッドセットを耳に押し付けたオペレーターがブラボー分隊からの報告を要約しながら、メイナードに伝える。指令室にいる他のオペレーターやサンダースも彼の方を向いて、全員がブラボー分隊の現状に注目していた。
「ベトナム共和国海軍の哨戒艇は?」
攻撃力の高い哨戒艇なら、敵部隊を強襲、殲滅しながらでも、部隊を回収することができる。メイナードが戦闘艇のことを聞いたのは当然の判断だったが、その問いに返答したオペレーターの表情は絶望感に包まれていた。
「それが…、哨戒艇からも攻撃を受けているそうです…。」
考得うる最悪の事態、それを前にして、コントロールルーム全体に重たい空気がのしかかった。
「裏切りか…。」
思わず、そう独りごちたメイナードの隣にサンダースが立った。
「大佐!部下達は既に準備させてあります!」
先刻、ブラボー分隊から定時外連絡があった際に、サンダースは直属の部下達だけでなく、ブラックホークのパイロットと整備員達にも出撃準備を整えさせていた。「頼む。」、と頷いたメイナードは、ヘリコプター部隊の担当をするオペレーターに向かって、指示を出した。
「デルタ分隊に連絡。出撃だ!」
通信オペレーターがヘリコプター格納庫のパイロット達に無線連絡を始めた所で、サンダースの方を向いたメイナードは彼にも命令を与えた。
「アルファ分隊は二機のブラックホークに分乗し、ブラボー分隊の撤退を支援。彼等を回収して帰還させてくれ。」
返答の代わりに敬礼をして、走り去っていったサンダースの背中が指令室の出入り口の向こうに消えた時、今度はレーダー管制担当のオペレーターの張り詰めた声がコントロールルームに響いた。
「この基地に未確認機が接近中!六時の方向、距離三千です!」
「このタイミングでか…。」
呻いたメイナードは二秒ほど思案した後、航空部隊担当のオペレーターの方を向き、指示を伝えた。
「回収にはブラックホークだけを向かわせろ。その他の基地機能は全て、未確認機の対応に集中させる!」
既に装備を整えていた七人の部下をヘリ格納庫に集め、状況と作戦内容を手短かに説明したサンダースは真っ先に格納庫の外へと飛び出すと、メインローターを悠然と回転させて、いつでも発進できるようにエンジンを暖めていたUH-60ブラックホークの兵員室に飛び乗った。
「よっしゃ!それじゃ皆さん、地獄への旅をお楽しみください!帰れる保証は御座いませんが…。」
アルファ分隊の搭乗を確認したハル大尉の軽口が隊内無線に聞こえると同時に、ブラックホークはその機体をゆっくりと地面から浮かせると、機首を前のめりに傾かせて前進しながら、高度を上げた。二番機のブラックホークもハル大尉の一番機に続いて、高度を上げ、二機で編隊を組むと、八人の特殊部隊員を乗せた汎用輸送ヘリは北の空へと飛び立っていった。
回収地点が変更され、目の前の敵と戦闘せずにすむことに安堵していたリーだったが、突然、背後で弾けた爆発と激震に肝を潰された瞬間、正面から撃ち込まれて来たPM1910重機関銃の猛射と連続して飛来して来るB-40ロケットランチャーの洗礼を受けて動きを封じられた。XM177E2カービンと地雷の爆破装置を傍らに寄せたリーは木の根本に隠した身を縮めると、隊内無線を開いてウィリアムに状況説明と指示を求めたが、本隊も味方と思っていた哨戒艇からの不意打ちを受けて混乱しており、リー達に構っていられる状況ではなく、とにかく南西へと後退せよ、という指示で切られた隊内無線にリーは舌打ちをついた。
「どうする?」
リーの場所から十メートルほど離れた熱帯樹の根本でストーナー63A汎用機関銃のバイポッド(二脚)を立て、伏射の姿勢で身を隠しているアーヴィングが銃声の中で叫ぶようにして聞いた。
「聞いたろう!退くんだ!」
そう叫んだリーは盾にしている幹の陰から身を出して、XM177E2カービンを構えた。重機関銃とロケット弾による攻撃が収まり、爆発の硝煙に包まれた戦場に数秒の沈黙が流れた後、アイアンサイトの照準の先で、銃剣を着剣したAK-47や五六式自動小銃を抱えた民族戦線兵士が煙を越え、怒声とともに大挙して突撃してくるのが視界にも捉えられたその瞬間、
「来やがった…!」
悪態を吐き、カービン銃を脇に置いたリーは、叫び声とともに突撃してくる敵の姿が二十メートルの近距離に迫ると同時に、傍らに寄せていた五つの地雷爆破装置の安全装置を解除し、次々と起爆レバーを押した。
起爆装置から発した電気信号が強化コードを走って、三十メートルほど離れた茂みや木の陰に草木で擬装して仕掛けられたM18A1クレイモア指向性対人地雷に伝わったコンマ一秒のタイムラグの後、五基の指向性地雷が次々と炸裂し、無数の小型鉄球が爆風とともに敵の前線に向かって放射状にばら撒かれた。威勢の良い民族戦線兵士達の雄叫びが悲鳴に変わり、役割を終えた起爆装置を捨てたリーはXM177E2を斜め上方に向けて構えると、銃身の下に取り付けたM203グレネードランチャーの引き金を引いた。
ポン、という軽い破裂音、カービンの伸縮式ストックを介して、肩に伝わった反動とともに銃口から飛び出した四〇ミリのグレネード弾は、指向性地雷の爆発で地獄と化したジャングルの上を飛び越えて、六十メートル離れた熱帯樹の根本で草木をかけて擬装されていたPM1910重機関銃の銃身に直撃し、コンポジションBの炸裂で機関銃の射手と給弾手、予備弾薬をまとめて吹き飛ばした。それと同時に、アーヴィングのストーナー63Aが機銃掃射の火を吹き、五.五六ミリNATO弾が嵐のごとく吹き荒れて混乱する民族戦線の前線兵士達を撃ち倒し、敵部隊を壊滅へと追い詰め、敵の戦闘能力が弱まった隙に熱帯樹の陰から飛び出し、後方へと走ったリーは隊内無線に叫んだ。
「イーノック!後退する!援護、頼む!」
その指示を受けたイーノックは、リーとアーヴィング達から後方、十五メートルの位置で大木の枝の上に登り、HK33SG/1マークスマンライフルを構えて狙撃体勢に入っていた。
「了解。」
隊内無線に返事を返す前から、既に敵に狙いを定めていたイーノックはマークスマンライフルの引き金を引いた。サプレッサーによって抑えられた銃声とともに、銃口を飛びだした五.五六ミリNATO弾はライフリングによる旋回運動をしながら飛翔し、後退するリーとアーヴィングの頭上を飛び過ぎて、更にその五十メートル先の茂みの影で、怯える部下達に突撃をはやし立てている敵小隊長の頭蓋を側面から貫き、カーキ色のピスヘルメットを血を染めた。小隊長のすぐ背後についていた無線兵がその血を浴び、パニックになった瞬間、二発目の狙撃弾が兵士の背負う無線機を破壊し、彼が狙撃に気づくよりも先に、すかさず連射して撃たれた三発目が無線兵の頭を貫いた。
見えない敵に指揮官と無線を唐突に葬られ、指揮系統を建て直すよりも前に、RPD軽機関銃の掃射とB-40ロケットランチャーの発射で敵スナイパーに一矢報いようとした民族戦線兵士達だったが、リーのM203から発射された四〇ミリグレネード弾が彼らの頭上で弾け、降り注いできた鉄片が生き残りの民族戦線兵士達の全身を引き裂いた。僅かに生き残った小隊の兵士達が仲間を殺されたことに激昂し、銃剣を着剣したAK-47や五六式小銃を構えて突撃を敢行したが、アーヴィングのストーナー63A汎用機関銃の機銃掃射で右から左へ次々と撃ち倒され、全滅の道を辿った。
敵が奇襲に失敗し、前線を建て直す間に、リーとアーヴィングはジャングルの中を後方へと向かって全力で走り、木の上から降りたイーノックもその後に続いたが、後退する彼らの背後からは、更に追加投入された百人の民族戦線兵士達がAK-47や五六式小銃に加えて、分解したMG34汎用機関銃やB-40ロケットランチャーを抱えて追いかけてきていた。その中には、先行小隊を全滅させた狙撃手をカウンタースナイプで仕留めるための狙撃手も含まれていた…。