序章 六話 「作戦開始」

文字数 2,319文字

攻撃の始まりは唐突だった。夜の闇の中でも見えないものは何もない赤外線暗視界装置を手に入れ、加えて周囲を覆う地雷原の防壁にも守られて、大使私邸宅の屋上警戒を任された六人の兵士達は最低限の警戒は続けつつも、煙草を吸いながら談笑し、すでに作戦開始時の緊張感は失われていた。重機関銃手の男が頭を撃ち抜かれるまでは…。大型の赤外線暗視装置をレシーバーの上に搭載したブローニングM1917重機関銃に寄りかかって、仲間と談笑していた男の頭部の左半分が突如として吹き飛んだのを皮切りに攻撃は始まった。
「第二目標、狙撃銃の男だ!」
「分かってる。」
突如として撃ち倒された味方を振り返り、一瞬動きが止まった狙撃銃の男に既に次の照準をつけていたイアンはレミントンM40スナイパーライフルの引き金を引ききった。反動がライフルのストックを通して体の右脇に伝わり、サプレッサーでマズルフラッシュと銃声が抑えられた銃口から七.六二ミリ弾が飛び出した。銃身の中のライフリングに旋回運動を与えられた銃弾は夜の闇の中を七〇メートルほど離れた標的に向かって飛翔していく。
仲間が死んだことを一拍遅れて理解したゲネルバ革命軍の狙撃手は見えない敵スナイパーに対して、FR F1狙撃銃をジャングルの闇に向けて構えたが、その瞬間にはイアンのM40から放たれた七.六二ミリ弾が狙撃手の男の左胸を貫いていた。
「命中、次だ!」
スパイクが狙撃の成功を隣で伝える中、ボルトハンドルをコッキングして、空薬莢の排出と次弾の薬室への装填を早技で終わらせたイアンは次の標的に銃身を巡らせて、コンマ一秒後にはサプレッサーのくぐもった銃声とともに、三発目の七.六二ミリ弾を銃口から発射していた。
弾薬箱の上に座り、最初に撃たれた男と談笑していたゲネルバ革命軍の兵士は目の前で吹き飛んだ同僚の頭部が散らした赤色の脳髄を真正面から浴びて呆然としていたが、放たれた銃弾は彼にも容赦はしなかった。呆然とした顔のまま、額を撃ち抜かれた革命軍兵士が後頭部を散らしながら倒れる後ろで、ミラン対戦車ミサイルの発射機の陰に隠れていた別の革命軍兵士はFN FALライフルを闇に包まれた周囲のジャングルに向けて掃射しようとしたが、ミサイルの発射機から顔を出した瞬間、引き金を引くよりも前にイアンの狙撃に頭を撃ち抜かれて息絶えた。
イアン達と同時にアルファ分隊のスナイパー・チームも狙撃を開始し、既に建物の前庭の警戒を担当していた革命軍の歩哨の内、四人が無力化されていた。前庭の中央にある噴水の陰に隠れて難を逃れた二人の革命軍兵士は反撃に出るために、噴水から数メートル離れた場所に駐車した機銃付きのジープに取りつこうと、身を隠していた構造物の陰から飛び出して、ジープのもとへと走ったが、置き去られた車両に辿り着くまでに一人が射殺され、もう一人も後部座席に飛び乗り、機銃架に取り付けたM60機関銃を構えた瞬間、アルファ分隊のスナイパーに頭を吹き飛ばされ、機銃を握ったまま即死した。
前庭を警戒する歩哨が全滅した頃、屋上でも唯一残った二人の革命軍兵士が物陰の裏に身を隠したまま、身動きがとれない状況に苛立ちと死の恐怖を感じていた。
「くそ!どこから撃ってきている!早く下のやつらに応援を頼んでくれ!」
無線で仲間が応援を頼んでいる横でそう叫びながら、UZIサブマシンガンを物陰から盲撃ちのフルオートで射撃していた兵士の頭頂部に突然、大穴が開いた。脳髄を間近に浴びたゲネルバ革命軍の無線兵は仲間の頭蓋を貫いた銃弾が飛来して来た方向を追って、頭上を見上げたところで網膜に映った異形の影に思わず叫び声を上げた。
「なんだ?あれは!」
悲鳴に近い声を上げるゲネルバ革命軍の無線兵の頭上に、黒い影は真っ暗な闇の中を更に迫ってくる。
「どうした、C2!応答せよ!」
「敵だ!上から…。」
無線にそこまで返した革命軍兵士は脇に置いていたFALライフルを構えて、パラシュートだと分かった物体に対し、引き金を引こうとしたが、ウィリアムのH&K P9Sが九ミリ弾を放つ方が早かった。銃口にサプレッサーを装着したハンドガンから放たれた三発の九ミリ・パラベラム弾は二発が胴体、一発が右頸部に命中し、銃弾の代わりに鮮血をを吹き出した革命軍兵士は音を立てて、後ろに倒れた。
暗視ゴーグルの緑がかった視界越しに生きた敵の姿が屋上に無いことを確認したウィリアムはH&K P9Sをホルスターに仕舞うと、最後の着地調整に入った。
着地直前でパラシュートを操作しながら敵を撃つという、予想外のアクシデントのため、着地は雑なものになったが、ウィリアムは何とか私邸の屋上に着地を成功させることができた。周囲の安全を確認して、パラシュートを切り捨てたウィリアムは上を向いた。暗視ゴーグルの視界には、次に着陸の体勢に入っているハワードのパラシュートの影が接近してくるのが映っている。
ウィリアムはスリングで肩にかけていたMC-51SD消音カービンの伸縮式ワイヤーストックを展開して構えると、今一度周囲を警戒した。積み上げられた弾薬箱の後ろやミラン対戦車ミサイルの発射機の裏も確認するが、生きた人間の姿はない。屋上には暗視スコープ装備の重機関銃だけではなく、M72 LAWロケットランチャーやM1 八一ミリ迫撃砲まであった。政府軍が突撃してきたら、これで返り討ちにするつもりだったのだろう。全て、アメリカ政府が供与したものだった。
屋上の安全を確認したウィリアムはMC-51SD消音カービンを構えたまま、姿勢を低くして屋上を移動し、階下に続く扉の脇に取りつくと隊内無線を開いた。
「着地ポイント確保。順次降下せよ。」
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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