第四章 十三話 「矜持か生存か」
文字数 2,954文字
自分よりも体の大きい空挺隊員達の向ける銃口に全く臆することなく、墜落機の中へと足を踏み入れて来た敵軍の指揮官の態度を見てメイナードは感心したが、その後ろについてきた小太りな中国人の男に対する彼の評価は低かった。
「貴様ら、分かっているんだろうな!我々を騙そうと卑怯な真似をしたら、ここを包囲している我々の部下がすぐにでも…!」
怯えを虚勢の裏に隠して怒鳴り散らす中国人顧問の言葉を片手を上げて制した朝鮮人指揮官は、暗く寒い墜落機の奥で両手を後ろに組み、無言で四人を見つめている白人の少年に相対すると口を開いた。
「問題のものを見せてもらおう…。」
何も教えられていない状況で指揮官が曹長ではなく、自分であることをその場の空気から読み取った敵軍の少佐に対し、彼が度胸だけでなく、高い洞察力まで兼ね備えていることを知ったメイナードはさらに感心した。
「こっちだ。」
そう一言だけ発し、暗い爆撃機の奥へと進んだメイナードの後に続いて、全く恐怖している様子のない朝鮮人指揮官が暗闇の中を進むと、その後ろに彼の副官と二人の中国人顧問が恐る恐ると足を踏み出しながら続いた。朝鮮人指揮官とは反対に怯え切った様子の中国人の男は神経質そうに周囲を見回しながらも、空挺隊員達を睨んで何とか威厳を保とうとしていた。
「これだ。」
メイナードに言葉で指示されるよりも先に、格納庫の暗闇に鎮座する異形の物体に気が付いていた朝鮮人指揮官は外見を見るだけで分かる爆弾の毒々しさに、
「これが…。」
と声を漏らすことしかできなかった。明らかに通常兵器ではない大型爆弾を朝鮮人民軍の指揮官が唖然として見つめる横で、爆弾の脇に座り込んだメイナードはその安全装置の機械盤を操作した。
「警告。コクピットシステムからの操作を介さずに起爆プロテクトが解除されました。プロテクトを完全に解除するにはマイクロフィルムを挿入して下さい。」
静寂を破って格納庫の中に響いた、女の抑揚のない声に四人の共産勢力指導者達は血の気が引いた表情でメイナードの顔を振り向いた。
「やはり…、これは…!」
自分の懸念が正しかったと悟り、爆弾を見つめたまま呻いた朝鮮人指揮官はすぐに我に返ると、背後の中国人軍事顧問の男を振り返って睨んだ。
「あんた、知ってたな…?」
先程まで何を言われても平常を装って虚言を貫くことのできていた中国人軍事顧問だったが、敵に周囲を囲まれたことによる不安のためか、確信を得た少佐の鋭い眼光に睨まれたことで思わずたじろいでしまった。
「私も…、党本部からは…、機密書類だとしか伝えられていなかった…。」
しどろもどろになりながら何とか苦し紛れの嘘をついた軍事顧問の男だったが、落ち着きのないその様子を見れば、男が嘘をついているのは状況を知らないメイナード達からしても明らかだった。朝鮮人民軍の少佐は墜落機の中にいる全員に聞こえるほど、はっきりとした舌打ちをつくと、再び新型爆弾の方を向いた。
「だが、とにかく…!機密物が爆弾であろうと、何であろうとも我々はこれを回収せねばならんのだ、少佐!」
背中を向けた朝鮮人指揮官を慌てて諭そうとした中国人軍事顧問だったが、少佐は新型爆弾の方を向いたまま、返事を述べることはなかった。
「一歩でも兵を近づければ、この新型爆弾は即座に爆破させる。そのためのマイクロフィルムはここにある…。」
少佐の代わりに答えたメイナードは戦闘服のポーチから爆弾の最終セーフティ・キーとなっているマイクロフィルムを取り出すと、四人の敵将達にはっきりと見えるように軍用ライトの光でフィルムをつまんだ右手の指先を照らした。
「プロテクトを完全に解除するには、マイクロフィルムを挿入して下さい。」
少年の脅しと同時に流れた警告ナビゲーションに敵軍の指揮官達だけでなく、曹長を始めとする空挺隊員達さえも全く希望の見えない己の運命に恐怖して息を呑んだ。格納庫の中を沈黙が支配し、お互いに一歩も退くことのできない両軍の指揮官達の思惑が無言の中でぶつかりあった数秒の後、ついに恐怖に耐えきれなくなった中国人軍事顧問の荒げた声が冷たい静寂を破って、墜落機の中に響いた。
「何という下劣な!野蛮人どもめ!我々がこんな脅しに屈すると思ったか!お前らが原爆を使って自爆するつもりなら、我々も党本部にその事実を伝えて、貴様らの卑怯で醜悪な決断を世界に流布する!目的のためには大地も地球も汚すことを厭わぬアメリカ人の野蛮さを世界に知らしめてやる!」
激昂したままで一気にまくし立てると、朝鮮人指揮官の制止も聞かずに踵を返した中国人軍事顧問は、
「総員に突撃準備!朝鮮人が従わんなら我々だけでやる!」
と息巻きながら副官とともに機外へと戻ろうとしたが、彼らの前に風のように走った黒い影が二人の行く先を塞いだ。
「ちょっと待て、俺達を殺せば…。」
目の前の黒い影を見つめた中国人軍事顧問が震える声で呻き、命乞いの言葉を漏らした瞬間、くぐもった銃声と同時に小さな閃光が格納庫の中に二度瞬き、額から脳幹を撃ち抜かれた二人の中国人は悲鳴を上げる間もなく、静かにその場に倒れた。
「答えはイエスしか最初からないのです、少佐…。」
サプレッサーの先端から硝煙を上げるステンMk.II(S)消音短機関銃を構えたリロイの姿に視線が釘告げとなった朝鮮人指揮官にメイナードは感情の籠もっていない声で迫った。
「ど、同志…。指揮官同志…。」
恐怖に震える声ですり寄った副官の顔を一瞥した朝鮮人少佐は微かに動揺した声で返答した。
「同志も見たであろう。脅威は事実だった…。」
部隊を退ける…、と続けた指揮官に副官は
「しかし、それでは党本部に対する反逆行為になります…!」
と反論したが、
「攻撃を継続しても、どのみち任務は遂行できない!」
と怒鳴った指揮官の声が副官の反論の弁を塞いだ。眼の前の敵の言葉がただの脅しではないことは明らかであり、攻撃を再開すれば、爆弾が起爆されることも間違いなかった。そうなれば、部隊は全滅し、未曾有の被害とともに敵の機密も消え去ることになる…。退こうとも進もうとも、彼らがメイナード達の手にする新型爆弾を奪うことはできないという事実だけは変わず、ただ千人近い朝鮮人と中国人の命が大地の形とともに消え去るか否かという点が異なるだけだった。
「それに北京…、そして恐らくは我が党本部も我々に重大な危険を隠して、己の利害のために任務を遂行させようとしていた…。 この事実こそが既に我々、同志達に対する反逆であろう!」
部下の誰よりも命令に違反することを恐れている自分自身を納得させるように言い切った朝鮮人民軍の指揮官の顔をメイナードは無表情のままで見つめていたが、その仮面の下では圧倒的有利な状況にあるはずの敵を弄ぶことのできる喜びで心が踊っていた。普通の人間が戦場に抱かない感情の昂りに浸っているメイナードの顔を嫌悪とともに畏怖の感慨で数秒ほど見つめた朝鮮人民軍の少佐は副官の肩を叩いて踵を返すと、床に倒れた中国人軍事顧問の死体を踏み越えて墜落機の外へと歩み去って行った。
「同志!不意の追撃に備え、包囲は続けたままで撤退だ…!」
後ろについてきている副官に対して命令を伝えた少佐の声は語尾の方が力無く聞こえた。