第四章 十話 「死地を切り抜ける計略」
文字数 2,764文字
「くそ!応援はまだか!」
「こんな敵地のど真ん中に応援なんか来るわけねぇだろ!バカ!」
最後の砦となった汎用機関銃を掃射しながら叫ぶ空挺隊員達の目の前で、戦闘隊形を一斉突撃に変更した北朝鮮軍と中国義勇軍の大群がM1944 モシン・ナガンを抱え、怒号ととも押し寄せて来る。
「弾切れだ!BARの弾倉はあるか!」
吹き飛んだ機銃陣地の土嚢に身を隠し、息絶えた仲間の死体さえも盾にして応戦する空挺隊員達は圧倒的戦力差に加えて、避けられない弾薬の不足にも直面していた。
「じゅ、銃をくれー!何でも良いから早く、早くくれー!」
右肩と左太腿に銃弾を受けた空挺連隊の伍長はそう叫びながら、安全ピンを引き抜いたマークII破片手榴弾を敵の前線に向かって投擲すると、負傷で下半身を動かせない傍らの仲間から受け取ったコルトM1917リボルバーを、すぐそこまで迫っていた敵軍の兵士達に向かって発砲したが、一人の朝鮮人民軍兵士が銃剣を着剣したSKSカービンを構えて背後から突撃してきていることには全く気づいていなかった。一発の太い銃声とともに背中に飛び散った血の温もりに、背後を振り返った空挺連隊の伍長は自分のすぐ後ろに転がる敵兵士の死体とその先でコルト・ガバメントを構えて走ってくる指揮官の姿を見て、初めて自分の命に危険が迫っていたことを認識したのだった。
「曹長!」
「バカモノ!背中にも目をつけて戦わんか!」
数百人の敵に対して、十五人弱の防御態勢で戦闘している部下達のもとに怒鳴りながら飛び込んでた曹長は、三八式歩兵銃を抱えて数メートル目の前まで突撃して来ていた中国軍兵士に向かって、トンプソン・サブマシンガンを掃射して無力化すると、傍らの伍長に向かって叫んだ。
「無線はどこにある!」
「ここです!曹長!さっきから本部に応援を要請していますが、何も寄越してくれやしません!」
「待ってろ!お前達を絶対に国に返してやるからな!だから、もう少しの間だけ頑張って生き延びろ!」
苛立った声を出した伍長に、AN/PRC-6野外無線機を手に取った曹長は信じられないほど明るい表情で返答すると、墜落したB-36の方へと再び走って行った。まるで生きて帰れることを確信しているかのような嬉々とした曹長の後ろ姿に数秒の間、唖然とした空挺隊員達だったが、直後に敵前線の方から沸き起こった怒号とともに大挙して突撃して来た人民軍兵士達の群れを目にして、自分達を取り巻く冷酷な状況が寸分も変化していないことを再認識し、絶望と恐怖に打ちひしがれた。
「くそ!曹長は応援に来てくれた訳じゃなかったのか!」
「もう俺達はお終いだー!母さーん!助けてー!」
「泣き言を言うな!曹長には考えがある!フランシス、将校を狙って狙撃しろ!」
泣き喚く部下達を叱咤した伍長は、敵に向けてM1903A4狙撃銃を構えている別の部下に狙撃を命じると、弾切れになったブローニングM1919A6機関銃に新しい弾帯を装填する作業に取り掛かった。そして、その弾帯こそが彼らに残された最後の機銃弾であり、彼らが敵に抵抗できる限界時間の表れなのだった…。
「持ってきたぞ!」
機外では、敵前線の後方から撃ち込まれたカチューシャ多連装ロケット弾が相次いで炸裂し、成形炸薬の爆発が地面を激しく震動させる中、無線機を持って帰ってきた曹長は窮地に追い込まれた現状には似つかわしくない、希望に満ちた表情でメイナードの脇に走ってきた。
「どうするつもりだ?」
新型爆弾の側に座り込む少年に問うた曹長だったが、その返答は予想外のものだった。
「爆弾から流れる音声と俺の声を全周波数で流してくれ。」
想像だにしていなかった答えに、先程までの明るい表情を一瞬で暗転させた曹長は、
「だが…、それでは敵に新兵器の存在を知られてしまう…。」
と歯切れ悪くも反抗したが、そんな彼の顔を真正面から睨んだメイナードの
「良いから流すんだ!」
という怒鳴り声と剣幕に押されて、曹長は少年に言われるがままに従った。
「中国語なら話せるが…。しかし、朝鮮人には通じるのか…?」
一人呟いたメイナードの言葉を、彼の計略を全く把握できていない曹長は聞き流すことしかできなかったが、気配を消していつの間にか二人の側に立っていたもう一人の少年は違った。
「私なら朝鮮語も話せますよ。」
唐突に隣で発した声に、思わず飛び退きながら見上げた曹長と新型爆弾の脇で俯けていた顔を上げたメイナードの視線の先には、痩せた小柄なアジア人風の少年が立っていた。
「本当か?」
装備からして空挺隊員ではなく、"愛国者達の学級"の工作員と思われる少年の目を見返して問うたメイナードに、奇妙に落ち着いた様子のアジア人少年は静かに頷いた。
「この国が私の育った故郷ですから…。」
少年の返答を聞いて頷いたメイナードは、少年達の会話に呆気に取られ、完全に手の動きが止まっている曹長の方を睨みつけて怒鳴った。
「終わったのか!」
「あっ…、いや…。」
慌てた曹長が再び作業を開始するのを確認したメイナードは少年の顔を見返して、名を問うた。
「名前は何と言ったか…、すまないが、部隊の全員は覚えられていなくて…。」
「リロイです。リロイ・ボーン・カーヴァーと言います…。」
「リロイか…、これからの正念場に俺達の生死がかかってる。宜しく頼むぞ。」
メイナードの言葉に少年がゆっくりと頷いたのと、作業を終えた曹長が「繋がったぞ!」と声を上げたのは同時だった。
「よし、あんたは前線に戻れ。」
「え…?」
余りにもあっさりとしたメイナードの口調に驚き、それと同時にあの危険な前線に再び戻らなくてはならないのかという恐怖に襲われた曹長はその場で固まってしまったが、
「早く戻れと言ってるだろう!」
とメイナードが怒鳴ると同時に、額にコルトM1905の銃口を突きつけると、本当に殺されると思った曹長は面子も体裁も忘れ、慌てて戦場へと駆け戻って行った。
「良いか?今から俺が声に出す言葉を一語一句間違えずに、朝鮮語に訳して無線に伝えてくれ。俺が中国語で喋るから、それに続けて話すんだぞ。」
「心得ています…。」
曹長が爆撃機の外に出ていくのを確かめ、これから二人ですることを伝えたメイナードの前で無線機の前に座ったアジア人の少年、リロイは激戦の中でも落ち着いた雰囲気に加えて、何かを楽しんでいるような笑みさえ浮かべていた。