第四章 三十一話 「敵の先遣部隊」

文字数 2,232文字

ウィリアム達がタン中将の幹部達とともに敵の先遣部隊を待ち伏せする決定を下した時、南ベトナム軍の陣地から北に七キロほと離れたジャングルの中では、移動指揮車に改造されたチェコスロバキア製のOT-64装甲兵員輸送車の車内で民族戦線側総指揮官の裴伯哲(ブイ・バ・チェット)と北ベトナム軍少将の阮公簡(グエン・コン・ジャン)が自分達が送り出した先遣部隊の進軍状態を無線連絡から確認していた。
「本当に我々からは一兵も出さなくて良かったのか?敵は百戦の知将と、たった八人で千人規模の軍事顧問団基地を殲滅したアメリカ兵だぞ?」
装甲で包まれた車体の内側に多数搭載した通信機器で先遣部隊の前線指揮官とオペレーターを通じて、やり取りをしているグエンにブイは今一度問うた。戦車と水陸両用戦車が各一両、その他、六三式APCなど多数の攻撃車両とともに五百人の兵士を擁して、上空には偵察警戒ヘリまで伴っている先遣部隊に更なる追加戦力が必要だとはブイも思っていなかったが、彼らを送り出したグエンの態度が余りにも自信過剰だったため、戒めるつもりもあって敵の脅威を伝えたのだったが、その意は伝わらなかったようだった。
「心配するな、ブイ。我らが精鋭部隊の的確で予測不能な攻撃に敵は絶対に震え上がる。まぁ、見ておけ。」
自信に満ちた笑みを浮かべ、こちらを一瞥したグエンの顔を見て、自分の忠告が全く伝わらなかったことを悟ったブイは溜め息を吐くとともに、背後で腕組みをして、オペレーター達の無線やり取りを聞いているアシル・ベル・ナルディを振り返った。実際に前線に出ている作戦顧問の彼ならグエンを慎重にさせることができるのではないかとブイは思ったが、ベルも指揮権を握られたこの状況ではグエンに任せる他ないという風に肩を竦めただけだった。
目を覆うような凄惨な事態となることだけは避けたいが…。
そう思って静かに目を閉じたブイは自分とグエンが長きに渡る武力闘争に身を捧げるきっかけとなった一九四八年のある日のことを脳裏に思い返した。
空気を切り裂くような急降下爆撃の轟音、地上すれすれまで迫ってきて、眼下に機銃掃射の銃弾を撒き散らすフランス軍のAU-1コルセア攻撃機の殺戮、そして焼け焦げた我が家の中で無惨な姿になった両親の黒焦げた遺体…、同じようにフランス軍の爆撃で家族を殺された同郷のグエンとともにベトナム独立同盟会(ベトミン)に参加した時、自分は一体何を願っていたのか。家族への復讐、それならば自分の戦いはフランスを討ち破った二十年前に終わっていたはず…。この国を開放するため?だが、ここまで若い兵士達を犠牲にして得られる開放とは何なのか?時折、頭を悩ませる指揮官としての命題を一先ず胸に仕舞い込んだブイはゆっくりと目を開くと、目の前の作戦指揮に意識を集中させた。

その頃、ブイ達の前線指揮所から一キロほど離れた地点では一人の農民が逃げ出した水牛を追ってジャングルの湿地帯をとぼとぼと孤独に歩いていた。
「くそ…、何で俺がこんな真夜中にこんな仕事をせにゃいかんのだ…。」
小さなランタンの灯りを手に恨み言を一人でボソボソと呟きながら、仲間から押し付けられた水牛捜索の仕事を続けていた農民の男は刹那、夜空を明るく染め上げた強力な閃光と鼓膜をつんざく破裂音に悲鳴をあげながら、その場で身を伏せた。
「ひ…、ひい…っ!」
数年前まで続いていたアメリカ軍による爆撃のトラウマで暫くの間はうずくまった状態から動き出すことができなかった農民の男だったが、突如上空に弾けたローターの回転音に顔を上げたところで、前方に二百メートルほど離れた土手を多数の車両が前進しているのに気がついた。
「ありゃ、何じゃ…。」
照明弾の閃光に照らし出された戦闘車両の、細長い主砲を備えた重厚なシルエットに男が目の前の車列が軍隊だと気づいた瞬間、今度は照明弾よりも遥かに強い光が男のことを上空から激しく吹き付けるダウンウォッシュの風とともに照らし出した。
「うわ…!」
再度の悲鳴と同時に男が再び体を伏せたと同時に怪しい人影が敵ではなかったと確認したサーチライトの主は小さなメインローターを急回転させて、男の頭上を飛び去って行った。
「な…、何なんだ…?」
顔を起こし、小型偵察ヘリコプターが飛んで行った方向を凝視した農民の男は薄暗い夜闇の中に粉塵を巻き上げて前進する大量の車両群を視認して愕然とした。戦車や装甲車に十台以上のトラック、更にそれらの車列の脇にライフルのような長筒を携帯した兵士が数え切れないほどの人数で行進している…。
「ひぇ…。こんなところに居て巻き込まれたんじゃあ、面白くねぇ…。さっさと帰るぞ!」
軍事や戦争に詳しくない頭でも本能的に異常事態を察知した男は異形の車列が進軍している方向とは逆方向に沼の中に落ちたランタンも拾わず、一目散に走り去って行った。
そう、この男が目にした戦闘車両の謎の車列こそ、グエンが敵陣へと送り出した北ベトナム軍の先遣部隊だった。主力戦力の五九式戦車とPT-76B水陸両用戦車を先頭に、上空には小型偵察ヘリコプターのOH-23D レイヴンの空の目を得た精鋭部隊は車両が通行可能な道しか使えない事情故、進軍に時間がかかっていたが、それでもタン中将達のARVNレンジャー部隊が陣地を構えるクメール寺院へと向かって、着実に前進していた。
「こちら、スーパー・ダック。現在までに敵勢力の妨害はなし。このまま、敵陣へと向かって前進する!」
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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