第四章 八話 「定め」

文字数 4,214文字

南側の雪に包まれた山の斜面とそこに横たわる爆撃機の残骸を背後にして防御陣地を築いた空挺連隊の隊員達は、麓側から山を登りながら攻撃してくる朝鮮人民軍と中国軍の混合部隊による襲撃を受けながらも、少ない人数で防衛の隊形を構築して、何とか防戦していた。岩陰などを利用して構成した三つの機銃陣地に据えられたブローニングM1919A4重機関銃が七.六二×六三ミリ弾の機銃掃射を放ち、朝鮮人民軍と中国義勇軍の兵士達を撃ち倒していく中、共産勢力の兵士達も同じように岩陰や積もった雪壁の裏に隠れて銃撃をやり過ごすと、物陰から顔と銃だけを出して、反撃の銃火を放っていた。交戦距離三〇メートルほどの近距離戦の中、前線の少し後ろに展開した二人の中国義勇軍兵士が携行していた八九式重擲弾筒を相次いで発射し、曲射射撃で発射された八〇〇グラムの小型榴弾が機銃掃射の上を飛び越えると、防衛線の東側に構築された機銃陣地の数メートル脇に着弾して、M1ガーランドやM1918BAR軽機関銃を発砲して応戦していた数人の空挺隊員達の体を吹き飛ばした。
「ビックスがやられたー!誰か、代わりに位置につけ!」
「こちら、ゼロ-ワン-ゼロ-ツー-S!負傷者多数!至急、応援を求む!」
防衛線の背後で応急処置をする衛生兵と本部に応援を求める無線兵の叫び声が飛び交う中、その光景を前線で応戦しながら見つめていた曹長は唇を固く噛み締めた。
「まずいな…。」
戦闘が始まってから、まだ数十分ほどしか経っていないが、圧倒的戦力差と火力差で攻め込まれた空挺連隊は既に戦力の半分を失っており、ロキが指揮している"愛国者達の学級"も数人の犠牲者を出しているようだった。
守りきれるか…?
背後の大型爆撃機を振り返り、その中に眠っている新型爆弾の姿を思い浮かべて憂いた曹長の意識は次の瞬間、隣で叫んだ部下の声によって前線へと引き戻された。
「装甲車が来ました!」
「何!」
叫び返し、雪の積もった岩陰から僅かに顔を出して、敵の前線の様子を伺った曹長に七.六二ミリ軽機関銃弾の掃射が襲いかかる。
「くそ!こんな雪山の中にあんなもの、どうやって持ち込んできた!」
素早く岩陰の裏に身を隠し、毒づいた曹長に傍らの部下が指示を求めた。
「我々に装甲車はありません!どうしますか?」
一瞬の間、沈思した曹長はすぐ隣の岩陰に身を伏せている二人の部下に向かって、大声を張り上げた。
「ブーン!コリンズ!バズーカを使え!」
激しい銃撃と吹雪の中でも指揮官の命令を理解した二人の空挺隊員は背中に携行していた折り畳み式のバズーカ砲を展開し、その砲弾を用意し始めたが、曹長の隣で防戦していた隊員は反発した。
「曹長!あれは我々にとって虎の子の武器です!もし、戦車でも来たら…!」
「戦車は絶対に来ない!」
反論する部下に真正面から怒鳴って黙らせた曹長は再び岩陰から顔を覗かせると、敵前線の様子を再度、確認した。
「一先ず、あれを破壊しないと、俺達に生き残る道は無い…!」
苦々しく曹長がそう言ったと同時に、隣で発射体勢を整えた空挺隊員達が岩陰から身を乗り出し、装填したM9A1バズーカを敵装甲車に向けて発射した。激しい閃光が視界を覆い、発射筒から射出された後方噴射の煙が高熱で雪を溶かし、蒸発した水蒸気が空挺隊員達の背後で立ち昇った次の瞬間、三〇メートルほど下方で車体上部のターレットを回転させて機銃を掃射していたBA-64軽装甲車は車体に直撃を受けた二.三六インチ対戦車弾の炸裂によって、内部からその車体を散らし、黒煙を巻き上げる炎の塊となった。
曹長が東側の機銃陣地の近くで防衛戦を指揮している中、西側の機銃陣地で敵と抗戦していた空挺連隊の隊員達もBA-64軽装甲車の突撃と機銃掃射による攻撃を受けて苦戦していた。
「くそ!マーティーはどうした!バズーカはッ!」
数分前にバズーカ砲を取りに行ったきり、帰ってこない仲間の名前を叫んだ重機銃手は残弾の少なくなったブローニングM1919を敵に向かって掃射しながらも、圧倒的な数と勢いの差に物を言わせて突撃してくる敵を抑え込むのに限界を感じていたが、次の瞬間、彼の背後から白煙を吹き出す熱の塊が装甲車の方へと飛翔していき、一拍遅れて飛翔体の直撃を受けた軽装甲車は薄い装甲に包まれた四輪の車体を散らした。何が起こったのか分からず、白煙が飛んできた背後を振り返った空挺隊員達の視線の先で、自分の身長の三分の二ほどはある長さのバズーカ砲を肩から地面に放り捨てたメイナードは銃撃の中を野ウサギのごとく跳ねるようにして駆けながら、ステンMk.II(S)消音短機関銃を敵に向かって発砲して機銃陣地の方へと転がり込んだ。三〇メートルはあるはずの交戦距離の中で岩陰から微かに出た敵の頭や脚を動きながら狙い撃つ、その射撃の正確さに激戦の中でも現在の状況を忘れて見入ってしまっていた空挺隊員達の頭上で今度は口径十二ゲージのショットガンが火を吹き、腹に響く発砲音とともに撃ち出された散弾が、手榴弾を体中に括り付けて接近していた人民軍兵士の首を吹き飛ばした。
「何を呆けてる!戦いはまだ終わってないんだ、ぞ!」
そう怒鳴りながら空挺隊員達の後ろで構えたウィンチェスターM12トレンチガンを発砲したロキは、雪に紛れて接近して来ていた人民軍の破壊工作員達に向けて、次々と十二ゲージ弾を撃ち込んだ。ロキのその姿に戦闘へと意識を引き戻された空挺隊員達はブローニングM1919重機関銃を再び掃射し始め、共産軍兵士達の動きを牽制したが、敵の前線の背後では新たな動きがあった。
「ああ…、まずい…!」
「何だ!」
機銃手の隣で土嚢の陰から双眼鏡を使って、敵前線の後方を監視していた空挺隊員が漏らした呻き声に機銃手が怒鳴り返した瞬間、今までの軽火器とは比べ物にならないほど大きな発砲音が雪山に轟き、続いて響いた高速滑空音とともに彼らの機銃陣地から数メートルほど離れた地面が積もった雪を巻き上げて吹き上がった。
「戦車だ!」
「T-34か!」
機銃手の叫び声とともに双眼鏡を覗いたロキは敵の前線の後ろから、こちらに主砲を向けて現れた重戦闘車両のシルエットを見て毒づいた。
「メイナード、バズーカを!」
上官の命令よりも先に状況を判断して、次弾を装填し終えていたメイナードは肩に抱えたM9バズーカの照準を敵戦車の砲塔と車体の付け根に即座に合わせると、トリガーを引いた。激しい後方噴射の爆煙とともに発射筒の中から撃ち出された二.三六インチ対戦車弾が敵戦車に向かって、吹雪のカーテンを切り裂いて滑空したが、照準よりも僅かに上に逸れたロケット弾はT-34/85戦車の砲塔前面に当たると、虚しく弾き返され、標的のすぐ目の前の地面に突き刺さって爆発した。代わりに反撃として撃ち返された八五ミリ戦車砲弾が機銃陣地の数メートル目の前で弾け、巻き上げられた土と雪の嵐を全身に浴びたロキは、メイナードの隣で身を伏せている部下の少年の方を向くと、鬼の形相で怒鳴った。
「ジュリア!行け!」
機銃陣地の数メートル先で手榴弾を体中に巻きつけたまま転がっている人民軍兵士の死体を視線で示して命令した上官の言葉を表情一つ変えることなく、無言で理解した少年は余計な装備を全て捨てると、人民軍兵士の死体のもとへと跳ねるようにして飛び込み、その体に巻きつけられた爆発物を全て抱えると、銃撃戦の中を敵戦車へと向かって疾走し始めた。
「冗談でしょう?死にますよ!」
敵に突撃していく後ろ姿を見て、少年が何をしようとしているのか悟った空挺連隊の機銃手がロキの方を振り返り、驚愕の表情で抗議したが、
「なら、貴様が行くか!」
と怒鳴ったロキの声と、同時に間近で炸裂した戦車砲の爆発によって、空挺隊員はその意思を一瞬にして挫かれ、機銃掃射に専念した。爆発物を全身に巻きつけた小柄な少年は味方の貧弱な援護の下、体のあちこちに敵からの銃弾を受けながらも突撃をやめることはなく、転倒しても山の斜面を転がって前進し、最後はT-34の前面機銃に下肢を粉々に打ち砕かれて、雪の上におびただしい血痕を残していきながら、敵戦車の下へと這って潜って行った。一拍遅れてT-34の重厚な車体の下から炎が吹き上がり、比較的装甲の薄い底部で数十発もの柄付手榴弾が爆発した朝鮮軍戦車は車内からも炎を吹き上げて沈黙した。
「共産主義者どもが思い知ったか…!」
燃え上がる敵戦車に吐いたロキの捨て台詞だったが、虚しくも同時に響き渡った戦車砲音とともに、北側を防衛していた隣の機銃陣地が射手や重機関銃もろとも粉々に吹き飛び、舌打ちとともに双眼鏡を覗いたロキの視線の先では、敵の前線の後方に合計して十両以上のT-34戦車とSU-76自走対戦車砲が展開する姿があった。
「糞どもが…。」
双眼鏡から目を離し、敵の前線を睨んだロキの目の前で、次々と撃ち込まれた砲弾や対戦車弾が味方側の防衛線のそこここで爆発し、一瞬の内にして崩壊していく前線を概観して毒づいたロキは、
「だが、ただでは死なん…。貴様らも道連れにしてやる…!」
と敵の前線を睨んで、捨て台詞を残すと、防衛線の後ろで沈黙して横たわっているB-36爆撃機の方へと足早に向かっていった。その上官の姿を目撃したメイナードの心中では、"愛国者達の学級"の中でメイナードとして叩き込まれた信条と六年前のあの光を見るよりも前に瑞木泰彦として生きた日々が葛藤していた。
ロキの言う通りに、ここで国のために死ぬのが正しいのか…?否、自分があの光の中で与えられた定めは国や社会への奉公などという、人間だけが勝手に抱く空虚な妄想ではない…、もっと大きな役割を自分は背負わされたのだ…。
自分の役割を心中に悟り、自身のなすべきことを見定めたメイナードは肩に抱えたバズーカ砲もスリングでかけた消音短機関銃も捨て、音もなく墜落機の方へとゆっくりと歩みだした。
「お、おい!待て!行くな!援護してくれ!」
激しい銃撃戦の中、不気味なほど静かに、まるで半分眠っているかのようなゆっくりとした動作で歩み去っていくメイナードの後ろ姿に向かって叫んだ空挺連隊の機銃手だったが、次の瞬間にはSU-76自走対戦車砲から放たれた七六.二ミリ野砲弾が彼の防衛する機銃陣地に真正面から直撃し、機銃手は傍らの仲間や機関銃もろとも四散して、ちぎれた肉片が抉れた地面とともに宙を舞った。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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