第三章 十二話 「援護」
文字数 3,873文字
「Holy shit!眼下は敵だらけだ!」
あちこちでマズルフラッシュの閃光が煌き、時折、爆発の炎も舞い上がるジャングルを、UH-60の兵員室から見下ろしたサンダースはスライディングドアを開けながら、思わず声を漏らした。数々の特殊作戦に従事してきた彼でも、これほどの激戦は久しぶりだった。恐らくはベトナムからの撤退以来か…。
「ハル大尉!もっと機体を降ろせ!」
兵員室のドアから身を乗り出して、眼下の戦場を睨みながら、サンダースが隊内無線でパイロットに怒声を張り上げたが、地上の激しい銃火は高度二百メートルを飛ぶブラックホークにも襲いかかってきていた。コクピットの強化ガラスに跳ね返っては擦り傷をつける激しい対空砲火の銃撃に、ハル大尉が「Negative!(拒否する!)」と叫んだ瞬間、操縦席に座る彼の足元にゴルフボール大の金属の塊が転がり込んできた。
ミニ・グレネード…!
身を屈めて足元を確認したハル大尉が、転がり込んできたものを安全ピンの抜かれていない小型手榴弾だと認識した瞬間、彼の隊内無線にサンダースの無機質な声が入り込んできた。
「次は安全ピンを外して投げる。」
「Shit…!」
無線の交信を繋いだままで悪態をついたハル大尉は、しかし地上で敵に挟撃されている味方を見捨てることもできず、腹に力を入れるとともに、ブラックホークの機体を急降下させた。
「こちら、イーグル・ワン!地上の援護に当たる!イーグル・ツーは高度を維持して、本部との無線交信高度を保て!」
ハル大尉が後ろに付くもう一機のブラックホークに無線で指示を出す中で、イーグル・ワンの兵員輸送室では分隊長のサンダースが部下達に地上の敵への攻撃指示を出していた。
「アレックス!シリル!ミニガンにつけ!フレッドは俺と一緒に兵員室のドアから地上のベトコンどもに機銃掃射とグレネード弾を御見舞いする!」
兵員室の部下達を振り向いて隊内無線に叫んだサンダースは自分もアーマライトAR-18のチャージングハンドルを引いて、薬室に初弾が装填されているのを確かめると、急速に近づいてくる地上に向けて、手にしたライフルの銃口を構えた。
当初の戦線は崩され、大きな損害は出していたものの、ようやく敵特殊部隊の防御ラインを突破できそうになっていた解放民族戦線は一気に敵を分断しようと、迫撃砲とロケットランチャーの支援の下、重装備の歩兵部隊を前面に押し出して、決死の突撃をかけようとしていたが、予期せぬ敵の増援によって、その目論見は虚しく崩された。B-40ロケットランチャーや分解した重機関銃の部品を背中に背負い、手には自動小銃を構えて、敵の防衛線へと突撃しようとしていた重装部隊の民族戦線兵士達は地面を震わせながら響いてきたヘリコプターのローター音に頭上を見上げた。
「敵だ!」
見慣れたヒューイ・ヘリコプターとは異なる外見だが、熱帯林のすぐ上を悠然と飛行する細長いヘリコプターのシルエットを一目見て、敵と判断した民族戦線兵士達は一斉にAK-47やB-40ロケットランチャーの銃口を上空に向けたが、彼らが引き金を引くよりも前に上空から七.六二ミリNATO弾の嵐が叩きこまれ、十数人のベトナム人兵士の体が一瞬にして引き裂かれた。
敵の分隊を跡形もなく吹き飛ばしたミニガンの掃射は、ジャングルの中に散らばる民族戦線の他の部隊にも襲いかかり、木の裏や窪地の中に身を隠す敵兵士達を障害物ごと貫き、地面を掘り起こしながら一掃した。
攻撃はミニガンだけでなく、スライディングドアを全開にした兵員室からもサンダース達による狙撃と手榴弾の投擲もあり、姿を隠すことの出来ない上空からの攻撃を想定していなかった民族戦線の重装突撃部隊は数分の内に壊滅することとなった。
「行くぞ!この隙に河岸の方へと後退するんだ!」
ヘリからの掃射を避けて、AK-47を乱射しながら突っ込んでくる民族戦線兵士に、最後の弾倉を装填したM16A1の単射を撃ち込んで無力化したウィリアムは回線を開いた隊内無線に叫んだ。上空に現れた増援の近接航空支援は頼もしいものだったが、アパッチの姿が見えないことがウィリアムには気がかりだった。何らかの事情があったのだろうが、攻撃ヘリがない以上、敵の戦線を突破することは困難であり、後方の川岸へ出て、ヘリに回収してもらうしかないという即座の判断からウィリアムは命令を下したのだったが、その川岸の方向にも、まだ強力な敵が残っていた。防衛線のラインを保ちながら後退するブラボー分隊の背中を、河川上から狙うPCF高速哨戒艇だ。
「哨戒艇が来る!伏せろ!」
負傷したジョシュアを担ぎ、先行して後退していたリーが叫び、窪地の中に身を隠すと同時に、哨戒艇のターレットに装備された二連装重機関銃から撃たれた十二.七ミリ弾の凄まじい掃射が彼の数メートル脇を穿ち、そのまま山の斜面を登って、アールやウィリアム達の脇にも機銃弾を撃ち込んできた。
「くそ!好きなだけ撃ちやがって!」
アールの悪態と同時に、彼のストーナー63LMGのフルオート射撃とイーノックのHK33SG/1マークスマンライフルによる狙撃が哨戒艇に襲いかかったが、敵の重機銃手はターレットの防盾に身を隠しながら攻撃を続けてきた。ウィリアムは敵の戦線の後方に航空支援を行っているサンダースのブラックホークに支援を要請しようとしたが、AN/PRC-77野外無線機はジョシュアが負傷した時に一緒に損傷していて、機能しなくなっていた。
「くそ…!」
傍らでアーヴィングかストーナー63Aを機銃掃射する中、前方も後方も逃げ場を遮られた状況にウィリアムが悪態をついた瞬間、彼の頭上を黒く細い影が覆った。反射的に頭上を見上げたウィリアムの視線の先には、UH-60ブラックホークの機体が低空を飛行しつつ、ブラボー分隊に近づく民族戦線部隊に対して、ミニガンの掃射を放つ姿があった。サンダースの乗るイーグル・ワンに続き、無線交信高度に待機していたイーグル・ツーのブラックホークがウィリアム達を援護するために降下してきたのだった。
接近してくるヘリコプターを見て、危機を察した哨戒艇の重機銃手は慌てて重機関銃の銃口をブラックホークに向け、甲板上にいた他の民族戦線兵士達も五六式自動小銃やM60機関銃を上空のヘリコプターに向けて掃射したが、アルミ装甲とポリカーボネートの強化ガラスで包まれたブラックホークに有効なダメージを与えることは出来ず、逆にM134ミニガンによる圧倒的な制圧射撃を受けて、数秒の内に無力化された。
蜂の群れが飛び回る羽音にも似た掃射音とともに、機銃弾の嵐が哨戒艇に襲いかかり、軽装甲に覆われた船体が一瞬で穴だらけにされた中、ミニガンの掃射直前に船から川の中へ飛び込んで、奇跡的に生き延びていた民族戦線兵士の一人が川面から顔を出すと、抱えていたM72LAWロケット・ランチャーの砲口を悠然と頭上を飛び去るブラックホークに向けて構えるのを、岸にいたイーノックはHK33SG/1のスコープ越しに捕捉していた。
「させるか!」
差し迫った状況に、正確な照準を付ける暇のなかったイーノックは反射的にマークスマンライフルの引き金を引いた。
ロケットランチャーの照準器の中に、すぐ真上を飛ぶ敵ヘリコプターの機体を捉えて、撃墜を確信した民族戦線兵士は胸の内の昂りとともに、LAWの発射トリガーを押し切ろうとしたが、その瞬間、岸から飛翔してきた五.五六ミリNATO弾が男の首元に刺さった。突然、後頚部に突き刺さった熱感と痛みに呻き声を上げ、水の中で体を捩らせた民族戦線兵士は手にしていたLAWの発射トリガーを無意識に押し込んでしまったが、ロケットランチャーの砲口が向いていたのは彼のすぐ隣を浮遊する弾痕だらけの哨戒艇だった。バックブラストの噴煙が水飛沫を散らし、突発的に生じた高熱ガスによって、川の水が蒸発して白い蒸気が浮かび上がると同時に、M72 LAWの発射筒から射出された六六ミリロケット弾は甲高い飛翔音とともに哨戒艇の舷側下部に突き刺さり、民族戦線兵士が自分の失敗と死を悟った瞬間、重装甲目標用の遅発信管を作動させて爆発した。数々の銃撃を受けても辛うじて形状は保っていた哨戒艇は内部で炸裂した対戦車ロケットの爆発によって、搭載していた迫撃砲弾や機銃弾も誘爆させ、軽装甲に包まれた船体を散らしながら、炎の火球へと姿を転じた。衝撃波が水面に波を広げ、哨戒艇の破片が同心円状にばら撒かれる中、数十メートルの高さまで立ち昇った爆発の炎は山側の斜面にいたウィリアム達から見ても、爆発の巨大さを瞬時に理解できるほどだった。
「哨戒艇が潰れた!撤退するぞ!」
爆発から一泊遅れて、川を挟む両脇の山の斜面に反響した爆発音に、背後を振り返ったウィリアムは川岸側に残っていた最後の敵が殲滅されたことを悟り、隊内無線に叫んだ。その命令に従い、アールやクレイグ達が川岸へと撤退を始める一方で、一人だけ敵の前線に突っ込もうとしているイーノックの姿を見つけたウィリアムは身を低くして銃弾を避けながら彼の元へと走った。