第二章 八話 「飛翔」

文字数 1,843文字

人生において決定的な出来事は唐突に起こるものだ。二日前に告げられたこの日の出撃も"ゴースト"の隊員達にとっては、恐らくは唐突な出来事であった。
三月九日未明、"ゴースト"のアルファ、ブラボー分隊所属の十六人の男たちはフル装備に身を包んで、B棟格納庫の中で出撃の時を待っていた。直立不動の体勢で二つの実働分隊の隊員達が並んでいる四列横隊の前に歩みだしたエルヴィン・メイナードは彼らに最後の訓示を与えた。
「諸君、君達は敵対勢力の真っ只中に飛び込むことになる。我々は存在しないはずの人間だ。この前までの戦争と違って、空母からの航空支援も後方からの砲撃支援もない。作戦は厳しいものとなるだろう。」
直立不動の姿勢を取っている隊員達の間には、いつにもないような異様な緊張感が漂っている。普段はすぐに軽口を叩くトム・リー・ミンクでさえ、この時は静かに真剣な眼差しをメイナードに向けていた。
「だが、君達の回収する科学者達が我々の母国の…、いや、人類全体の未来を握っている。いいか、絶対に彼らを死なせるな。何としても生きて回収するのだ。」
自分を見つめる十六人の戦士達の顔を一つずつ見返したメイナードは淡々と続けた。
「こんなことしか言えず、無責任で申し訳ないが、許して欲しい。そして、命に変えてでも、標的を救出してくれ、以上!」
メイナードが話し終え、目配せすると同時に、隊列の前に歩み出たサンダースが声を張り上げた。
「総員!左向け!各自の機体に乗機せよ!」
彼の怒声が格納庫の中に響き渡るとともに、締め切られていたハッチが隊員達の左でゆっくりと開き、姿勢を正したままの状態で一斉に左を向いた隊員達の顔に、開きかけているハッチの間から吹き込んだヘリコプターのダウンウォッシュの強風がターボシャフトエンジンの轟音とともに吹き付けた。開くハッチの向こう側では、二機のブラックホークとそれを護衛する二機のアパッチの計四機が機首を格納庫の中の隊員達に向けて、離陸準備を整えていた。
「Go!」
サンダースの掛け声とともに、十六人の隊員達はヘリコプターに向けて、一斉に駆け出した。
「イーグル・ワン、ナイトビジョン・チェック。サーマル反応、問題無し。」
「ヴェノム・ワン、ツー。ウェポンチェック、オーケー。」
「イーグル・ワン、右エンジンに微かに不調あり。飛行には問題無し。」
整備士とパイロット達が飛行前の最終チェックをする中、UH-60ブラックホークの機体にフル装備のアルファ、ブラボー分隊の隊員達が次々と乗り込む。全員が搭乗すると同時に、隊員達の点呼確認をしたサンダースとウィリアムの声が隊内無線に響いた。
「アルファ、全員搭乗確認。」
「ブラボー、搭乗確認よし。」
二人の交信を聞いて、A棟格納庫の司令室で無線を開いたのはメイナードだった。
「了解。こちら、コマンド。作戦の健闘を祈る!」
メイナードが通信の交信を切ると同時に、司令室にいる作戦の通信・指揮担当のチャーリー分隊の隊員達が最新式の通信機器やコンピューターを前に一斉に作業を開始した。彼らの管制指揮を聞いて、滑走路上のヘリコプター部隊も出撃の準備を整える。
「テイクオフだ!」
ウィリアム達の乗るイーグル・ツーのブラックホークの機内に、機長のハル大尉の弾んだ声が響き、同時に襲ってきた浮遊感とともに、二機のUH-60ブラックホークは基地の滑走路を離れ、まだ陽の出ていない空へと飛び立った。それに続いて、二機のAH-64アパッチも機首をこれから向かう北の方角に回頭させると、機体をやや前傾させながら前進しつつ、高度を上げた。
「イーグル・ワン、ツー、隊形を整える。」
「了解。ヴェノム・ワンは隊形の先頭に、ヴェノム・ツーは後尾についてくれ。」
「ヴェノム・ワン、了解。」
「ヴェノム・ツー、了解。後尾につく。」
四機の軍用ヘリはお互いに無線交信をしながら、ポジションを整えるため、基地の上空を二周ほど旋回すると、太陽が僅かに顔を出そうとしている南の空を背に北の方角へと飛び立った。
「イーグル・ワンからコマンドへ。これより作戦区域に向かう。」
「こちら、コマンド。了解。所期の飛行ルートで敵の対空レーダー探知をかわすため、NOE(地形追随飛行)で飛べ。」
通信担当の隊員とヘリコプターパイロットの交信を聞きながら、地面から伝わってくるローターの震動が小さくなり、遠ざかっていくのを感じつつ、メイナードは目を閉じた。その顔が微かに薄ら笑っていたのをこの時、指揮室にいた人間で気づいた者はいなかった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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