第四章 四話 「亜音速の奇襲」
文字数 2,142文字
「こちら、フォックス・ツー!エンジンに被弾!メーデー!メーデー!救助求む!」
木浦空港から飛び立った、三〇〇人の空挺隊員を乗せる一四機のC-47スカイトレインと五〇人の"愛国者達の学級"を乗せた二機のC-119フライング・ボックスカーは敵支配地域の上空に入ると同時に、北朝鮮軍の一〇〇ミリ砲と三七ミリ高射砲の激しい対空砲火を受けて、二機のC-47が機関部に被弾し、戦線を離脱せざるを得なくなったが、厚い雪雲が地上の敵に対する目隠しとなってくれたおかげで、レーダーでは補足されていても、肉眼で照準をつける必要のある高射砲の攻撃をかわすことができていた。
気流と対空砲火の衝撃波で激しく揺さぶられる各機体の中では、空挺連隊の隊員達が高空の寒さに震えており、その内の数人は酸欠が原因で金属製の床の上に吐瀉物を撒き散らすこととなった。三〇〇人のアメリカ軍兵士達を乗せたC-47の編隊の中に、二機だけ紛れたC-119フライング・ボックスカーの機内では空挺連隊が使用するジープやM8空挺装甲車と一緒にメイナード達が作戦開始の時を待っていたが、彼らは空挺連隊の兵士達と違い、機体のすぐ間近で弾ける対空砲火の炸裂にも表情一つ変えることなく、無言のままでキャビンの座席に静かに座っていた。
「目標地点まで三キロ!」
「ここまでで脱落は二機だけか…。想像以上にうまくいったな…。」
部隊指揮官を乗せたC-47の中では、飛行速度と離陸からの時間を元に地図上で現在の位置を割り出した副官の言葉を聞いた大隊長が満足気に頷いていたが、編隊の周囲には先程まで激しく炸裂していた対空砲の砲火が唐突に収まる奇妙な光景が広がっていた。
「おかしいですね…、まだ敵の展開地域上空ですが…。」
大隊長と向かい合って、キャビンの席に座っていた中隊長が窓から外の光景を見て訝しむ声を出したのと同時に、大隊長が忌避するべき事態を想起して、「まさか…。」と独りごちた、その瞬間だった。
「十時の方向に敵機の編隊!」
「二時の方向にも敵機です!」
パイロットとコ・パイロットが直掩機や他の輸送機から得た情報をキャビンの中に叫んだのだった。
「何だと!」
大隊長が怒鳴り返すと同時に、キャビンの中の空挺兵達にも動揺が広がった。勿論、敵の存在を認知したのは隊長機だけではなく、輸送機編隊の護衛として一緒に飛行していた二八機のF-51Dマスタングも増槽を捨て各個に分散すると、二手に分かれて接近してくる敵の編隊を包囲する隊形で展開し始めた。
「直掩のマスタングが戦闘隊形に入るぞ!」
メイナード達が乗るC-119 フライング・ボックスカーの護衛についていたF-51Dも護衛対象の味方機の前方を離れ、急上昇していき、その姿を見たC-119のパイロットが狼狽えたようにそう叫んだ瞬間、黒い雪雲に包まれた悪視界の中で、唐突に彼らの目の前の濃雲が裂け、高速で飛び出してきた銀白色の金属塊が三七ミリ機関砲を掃射しながらコクピットのすぐ目の前を右方向へと横切って行った。従来のレシプロ機とは比べ物にならない高速でフライング・ボックスカーの前を飛び去っていったジェット戦闘機はC-119の五〇メートルほど脇を並行して飛行していたC-47に搭載の機関砲弾を三〇発以上撃ち込むと、蜂の巣になったC-47のすぐ上を飛び去り、再び厚い雲の中へと姿を消していった。
「あれは…!」
エンジン部分や燃料タンクに被弾し、一瞬で炎の火球と化したC-47の爆発が濃雲の中に浮かび上がらせたジェット戦闘機のシルエットを見て、C-119のパイロットは呻き声を出した。
「ミグだ!」
「何だと!」
敵機襲来の報告を聞き、丁度コクピットの方に上がってきていたロキもコクピット・ガラス越しに目の前を通り過ぎていったジェット戦闘機の影に悪態をつくと、キャビンの方を振り向いて、メイナード達に命令を叫んだ。
「全員!降下準備!」
効果地点まではまだ距離があったが、いざとなれば機体が墜落しかけた時点で全員を投下するための判断だったが、その命令がキャビンに響いた瞬間、その声よりも何倍も大きく図太い轟音が機体内部に鳴り響き、薄暗い兵員室の中を閃光が満たした。
機関砲弾の直撃…。
キャビンの天井を突き破って襲ってきた鉄塊の嵐に、状況を冷静に分析したメイナードの肩に隣の少年が寄りかかってきて、それと同時にメイナードの膝の上に生暖かく重たい物体が転がりこんできた。機関砲弾の破片が頸部に刺さり、切断された少年の首だった。普通の子供なら、そんなものを間近で見せられれば、胃の中のものを全て吐瀉物にして吐き出すだろうが、この一年の間にこの世の地獄の全てを体験したメイナードにとっては、そんなものなど何ということもなかった。メイナードは寄りかかってきた死体を押し返したが、死体が次に寄りかかった反対側の少年もやはり機関砲弾の破片に左側頭部を抉られ、脳の実質が肉の輪切りのように外から丸見えになって息絶えていた。
「敵機の数は何機だ!」
すでに搭乗していた半分以上の少年達が機関砲の一掃射を受けて死んでいるのを認識したロキは再びコクピットの方を振り返ると、吠えるようにしてそう叫んだ。