第四章 十四話 「メイナードの野望」
文字数 2,874文字
「終わった…のか?」
信じられないという様子で震える声を出した曹長が呆然とする中、敵の防衛線の方を双眼鏡で見つめていたメイナードは再び舞い始めた吹雪の壁の向こうに、撤退していく敵軍の気配を感じて、勝利を確信した。
たったこの一発があるだけで戦いの勝ち負けすらも根源から変えてしまうとは…。
生き残った事実に空挺連隊の隊員達が安堵の息を吐く中、メイナードは激しく舞う吹雪の白い荒ぶりを睨みながら、かつては自分の存在さえも書き換えてしまった傍らの特殊爆弾に対する畏怖を感じながらも頬に薄っすらと笑みを浮かべていた。
ロキはこの力を暴走させることしか考えになかった、そして朝鮮人の指揮官達はこの力に怯えることしかできなかった。だが、自分の場合は違う。この力の威力を間近で体感し、その本質を見た自分だけはこの力を制御できる。
他の人間には手にすることのできない自信を自分の胸の中に感じたメイナードは視線を窓ガラスの外から格納庫の中に向けた。彼の前に横たわっている核融合爆弾の外見は他の人間からすれば、毒々しいものだったが、今のメイナードにとってはまるで古くからの友人のような親近感を感じさせるのだった。
敵軍の指揮官達との運命を決する交渉から三時間後、例の朝鮮人民軍少佐が手を回したのか、部隊の一部が後退した北朝鮮軍の防衛網の隙をついて陸路から進撃してきた国連軍第八軍の救出部隊がようやく到着したが、彼らは積もった雪の中に体の半分ほどを埋もらせている死屍累々の数々と、砲弾やロケットの爆発が残した激戦の痕跡、そして何よりも味方の生き残りが合計して十人も居なかったことに大きな衝撃を受けた。
「曹長、よく守り抜いたな!あれは軍の機密物で、どうあっても敵に渡してはならんものなのだ…!」
解体されたB-36の格納庫からクレーンで吊り上げられて回収される"救出対象"の姿を見つめながら、第八軍指揮官の少佐は曹長の肩を叩き、彼の活躍を称賛したが、多くの部下を失い、ようやく地獄から抜け出せたばかりの曹長に上官の戯言を真面目に受け止める余裕はなかった。少しの時間が経って、自分が生き残り、再び国で家族と会うことができるということに彼が実感を持って気づいた時、曹長は我に返って周囲を見回したが、破壊された敵の戦車や兵器を回収するアメリカ軍兵士達の中に、あの謎に満ちた二人の少年の姿は無かった。
その日から二十年以上の月日が経った…。一九五一年の一月六日、水原(スウォン)の外れに墜ちたB-36の存在は完全に闇に葬られた。その腹に抱かれた一発の水素爆弾が果たすはずだった任務とともに…。
今、暑苦しいタイの空軍基地の一画で尋問室として代用された狭い物置部屋の中にて、かつて共に死地を切り抜けた二人の少年達は二十四年の時を越えて対面していた。今度は敵同士として…。ロキが死に、部隊責任者の死亡と部隊の壊滅により、あの朝鮮半島での任務の後、"愛国者達の学級"は解散させられた。その後、語学などの知識に秀でていることを注目され、CIAの正式な構成員に迎えられたリロイは"平常"な外の世界と関わり合いながら生きてきた間に、かつて持っていた不可思議な面影は失ってしまったが、"愛国者達の学級"の崩壊後も紛争地の最前線でアメリカの闇を担う任務に就かされ続けていたメイナードは二十余年が経った現在でも朝鮮半島で戦っていた頃と全く変わっておらず、その姿にリロイは恐怖さえ感じた。
「君とこの大陸に戻ってくるのは二十四年ぶりだな…。」
古く錆びたパイプ椅子に座らされたメイナードは両手を手錠で拘束され、周囲をCIAの尋問官達に囲まれても依然として表情に余裕を見せていた。
手先だけの拷問や暴力は通じない…。
覚悟はしていたが、再度そう確信したリロイはメイナードの目を見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「過去の記憶のの余韻に浸っている時間はない…。あの機密が第三者の元に渡れば、我々だけでなく、君達の組織も困るだろう?」
自分達は同じ立場に立っているのだと歩み寄る姿勢を見せて問うたリロイだったが、そんな彼の思惑を見透かしたのか、メイナードは嘲笑うように口を歪めて答えた。
「組織と私の考えは違う。分かっていないことを知ったように喋ると、かえって答えを遠ざけることになるぞ?」
馬鹿にしたような態度のメイナードに対して、傍らに立っていた尋問官が彼を殴り倒そうとしたが、その気配を察知したリロイは右手を上げると同時に目配せをして、尋問官の動きを止めた。相手が暴力や拷問などに対して高い耐性を持っている以上、無用な暴力はかえって自分達の求めている答えを遠ざける結果を引き寄せかねないという判断からだった。
「あの機密の力を開放すれば、世界の仕組みが再び変わる。再びかつての大戦のような…、いや、もっと大きな戦争を引き起こすこともできる…。無論、冷戦の壁の破壊も可能だ。しかし…。」
そこまで言って目の前の旧友から視線を天井の薄暗い照明に向けたリロイは一呼吸を置いた後、再びメイナードと目を合わせて、その先を続けた。
「君が目指しているのは、そんな事ではない…。君にとって冷戦の行く末やアメリカの栄光などはどうでも良いはずだ。君が望んでいるのは…。」
推理を続けるリロイの目を見返しながらメイナードはただ静かに笑みを浮かべているだけだった。その不気味な様子に尋問官達は本能で恐怖を察知し、蒸し暑い中で冷や汗をかいていたが、リロイだけはメイナードの目を見つめ、その中に隠された本当の目的を探ることに集中していた。
「君があの技術を手に入れてやりたいことは復讐だな。」
そう言い切ったリロイの声が狭い部屋の中に響き、尋問官達が僅かに動揺した様子を見せたが、当のメイナード自身はパイプ椅子に深く腰掛けたまま微動だにすることなく、軽く鼻を鳴らして、
「復讐か…。」
と深い溜め息を吐いた後、数秒の沈黙を置いて口を開き始めた。
「さすがは私の過去を知っているだけはあるな、リロイ。だが、残念ながらその推理は間違っている。」
自分の推定が外れ、無言のまま見つめるリロイの目を見返して、メイナードは続けた。
「どちらかといえば、君が私の願望ではないと否定したことの方が正しかったな。」
薄ら笑みを浮かべて言ったメイナードの言葉に、先程、自分が口にした言葉を思い返していたリロイの前でメイナードは短く、だが、はっきりと、
「世界大戦だよ。」
と言った後、尋問室の全員の驚きの視線が集まる中でさらに訂正した。
「というよりも究極的な競争と言った方が正しいかもしれないな…。」
「究極的な…、競争…?」
話の全貌が見えずに聞き返したリロイに、メイナードは口元を不気味に歪めて言い足した。
「そう、競争だ。この世界に人類が誕生するよりも前から存在する法則…。唯一無二の絶対正義だよ…。」