第五章 二十一話 「砲撃陣地殲滅」

文字数 1,730文字

「味方の機械化戦力が再度、敵に突撃をかける!砲撃を一時中止せよ!」
前線部隊からの連絡を受け、部下達に砲撃の中止を命じた北ベトナム軍砲兵部隊の指揮官は発令所テントの中で折り畳み椅子に深くもたれ掛かると、右手をこめかみに当て、嘆息とともに傍らの副官に砲弾の残り弾数を問うた。
「一五ニミリ榴弾砲は残り弾数、三十二発。一三〇ミリカノン砲は五十八発です…。」
部下から上がってきた報告の書類を読み上げた副官の答えに、指揮官は再び深い溜め息をついた。
合計で残り百発足らず…。敵は新型の対地攻撃機と対戦車ヘリコプターを投入してきているというのに、自分達はろくに前線の支援さえもできないでいる…。せめて、あと三百発砲弾があれば、敵の戦線を完全に分断できるというのに…。
己の無力さを噛み締め、残り僅かな砲弾でどのように敵の前線を崩そうかと指揮官が思案しようと目を閉じた瞬間、僅かに鼓膜を震わせるような空気の振動が発令所テントに響き、指揮官は閉じていた両目を再び開いた。
「これは…。」
傍らの副官もその音に気づき、テントの中の将校達が頭上を見上げた数秒後、一瞬で大きくなった爆音がジェットエンジンの唸り声であると悟った指揮官は部隊を撤収させる命令を出そうとしたが、既に手遅れだった。次の瞬間には彼の頭上で聞こえていたジェットエンジンの爆音がハチの群れの舞うような轟音に変わり、劣化ウランの口径三十ミリ弾の嵐が丘の下の砲撃陣地に降り注いだのだった。
上空を高速で飛び去ったA-10対地攻撃機の機首から放たれた劣化ウラン弾が砲撃陣地に襲いかかり、高さ数十メートルにもなる砂煙が立ち昇ると同時に直撃を食らった榴弾砲と工作兵が四散した地上では、穴だらけになったカノン砲の中に装填されていた一三〇ミリ砲弾が誘爆の炎を上げて、周囲のものを一瞬にして飲み込んだ。GAU-8アベンジャーを掃射しながら、低空で飛行した一機目に続き、砲撃陣地の上を高速飛行したソリッチのA-10サンダーボルトから発射されたニ発のマーベリック空対地ミサイルが土嚢と土に覆われていた砲弾貯蔵庫の蛸壺陣地に直撃し、貯蔵されていた砲弾を一つ残らず誘爆させると、北ベトナム軍の砲撃陣地は遂に地獄の様相を呈した。
五十メートル近い高さの土煙を上げ、吹き飛んだ貯蔵庫の爆発から伝わってきた衝撃波によって、体を後ろに吹き飛ばされた北ベトナム軍指揮官の体を脇に滑り込んできた副官が抱き起こして退避させようとしたが、既に遅かった。砲撃陣地を壊滅させた後、急速旋回してきたA-10サンダーボルトの特徴的な機影が機体後部の二基のターボファンエンジンを唸らせ、時速五六〇キロという高速で彼らの方に向かって突っ込んできていた。その姿を目視すると同時に、攻撃機の主翼から放たれたマーベリック空対地ミサイルが自分達に向かって飛翔してくるのを視認した副官は即座に指揮官の上に覆い被さったが、いくら大男と言っても人間の体一つで数メートル脇に生じた衝撃波が防ぎ切れるほど、マーベリック空対地ミサイルの威力は甘くなかった。
ハードポイントを離れて、ニ秒の滑空の後、弾頭のシーカーが目標として睨んでいた丘の上のテントに直撃したマーベリック空対地ミサイルは直撃とともに砲撃部隊の発令所を完全に破壊し、巻き起こった衝撃波はテントの傍らで身を伏せていた指揮官と副官の体も切り刻んで、半径数十メートルの広さに無機質なクレーターを造りあげたのだった。

「サンダーよりイーグル!敵の砲撃陣地は葬った!」
爆撃を受け、黒煙があちこちから立ち昇る敵の砲撃陣地を背に高速で、味方の戦う防衛線へと戻るA-10のコクピットの中でソリッチは僚機が自機の隣につくのを確認しながら、攻撃成功を無線で味方に伝えた。
「サンダー!急いで戻ってくれ!敵の攻撃が再び激しさを増し、着陸ができない!アパッチとガンシップだけでは前線を抑え切れない!すぐに戻って来てくれ!」
無線の向こうから聞こえてきたハル大尉の声に、
「ちっ、感謝よりも先に文句かよ…。」
と独り毒づいたソリッチだったが、再び回線を開くと、
「あいよ!了解した!すぐ戻る!」
と返答し、爆装したA-10サンダーボルトの機体を防衛線の方向へと飛ばすのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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