第三章 十一話 「接近戦」
文字数 4,106文字
優れた反射能力と正確な射撃で、なるべく敵一人に一発の弾丸で急所を狙いつつも、圧倒的な数の差をもって迫ってくる民族戦線兵士達との距離はどんどんと縮まっていく。倒れた仲間の後ろから次々と突進してくる民族戦線兵士達に、銃撃を木の陰に隠れて凌ぎながらも、M16のセミオート射撃で応射していたウィリアムは追い詰められていた。弾倉が空になったXM177E2からM16A1に武器を切り替え、その三十発の弾丸も撃ち尽くしたところで、今度は右腰のホルスターから引き抜いたコルト・ガバメントM1911A1ピストルを五メートルほどの距離まで迫ってきていた民族戦線の兵士に向かって撃つ。.45ACP弾に頭を撃ち抜かれた兵士が手にしていたPPSh-41短機関銃を空に向かって乱射しながら倒れる後ろから、更にもう一人の民族戦線兵士が五六式小銃を乱射しながら突進してくる。走りながらの腰だめ撃ちで決して正確ではない射撃方法に、あまり命中精度の高くない五六式自動小銃のフルオート射撃だったが、五メートルの距離で撃たれれば命中する弾もあった。兵士の五六式小銃から撃ち出された七.六二ミリ弾の一発がウィリアムの右肩を掠り、迷彩服の右肩が破けて、血が飛び散ったが、痛みも恐怖も封印したまま、ウィリアムは両手で構えたコルト・ガバメントを目の前の敵に向かって五連射した。数発の.四五ACP弾が兵士の胴体を立て続けに射抜き、ほんの三メートルほどの距離にまで迫っていた民族戦線兵士は五六式小銃を空に向かって発砲しながら、悲鳴とともに後ろ向きに倒れた。
倒れた兵士の頭に止めの一発を撃ち込み、硝煙に包まれた前方のジャングルに、さらに牽制の拳銃弾を二発撃ち込んだウィリアムは敵が接近していないことを確認して、熱帯樹の裏側に完全に身を隠し、コルト・ガバメントのグリップ内部に新たな弾倉を装填した。傍らでは地面にうずくまっているユーリが敵の射線に入らないように、自分の後ろにつかせたジョシュアが銃弾の開けた傷口に新しいガーゼを押さえて止血をしている。どうやら、弾は貫通せずに体の中に残ってしまったようだった。一般的に銃弾は貫通せずに、体に残ってしまった場合の方が予後も厳しく、処置も難しくなる。
アーヴィングはまだか…?
現れない衛生兵に苛立つウィリアムは弾倉を交換したコルト・ガバメントを右手に握ったままで、M16A1のレシーバー右側面についたマガジンキャッチボタンを押し、空になった弾倉を捨てると、戦闘服のマガジンポーチから取り出した新しい三十発STANAGマガジンをマガジンハウジングに装填しようとした、その瞬間だった。
ドス、という重く鈍い音とともにウィリアムのすぐ傍らに、先端に金属の塊を取り付けた、長さ四十センチほどのトンカチ状の物体が転がりこんできた。一瞬の出来事であったが、ウィリアムは自分の傍らに転がり込んできたその物体が、かつてアメリカとの戦争に民族戦線が愛用した柄付き手榴弾であることを見逃さなかった。
「グレネード!」
傍らに転がり込んできたその物体、六七式柄付手榴弾がいつ爆発するかなど分からなかったが、背後のユーリの安全も維持しながら逃げるには間に合わないということだけは確かに分かったウィリアムは、判断が先か行動が先か、叫びながら手榴弾の柄の部分を右手で握り、全力で敵に向かって投げ返した。手榴弾はウィリアムの手から離れ、回転しながら一秒ほど空中を舞った後、内部の導火線に着火した火が本体の爆薬に点火し、装填された百七十グラムのTNT火薬を爆発させた。盾にしていた熱帯樹が爆発の破片を防いでくれたお陰で致命傷は免れたが、すぐ間近で生じた衝撃波は太い木の幹をも震わせ、その反対側にいたウィリアムにも襲いかかった。見えない空気の壁に押されて、後ろに弾き飛ばされたウィリアムは背中を地面に打ち付けた衝撃で一瞬、息ができなくなった。地面に倒れ、呻き声をあげる彼に今度こそ止めをさそうと、硝煙のカーテンの向こう側からAK-47を乱射しながら、民族戦線の兵士が突進してくる。ウィリアムはコルト・ガバメントを構えようとしたが、右手に握られていたはずの拳銃は手榴弾を投げ返した時に反射的に手放していて、今は地面に倒れたウィリアムの足元に転がっていた。スリングで肩にかけていたM16も装填しようとしていた弾倉が衝撃で外れ、発砲は不可能だった。ウィリアムは白い煙の中を突撃してくる敵を睨んだ。距離は僅か十メートル弱しか離れていない。
次の弾倉の装填は間に合わない…!
瞬時に、そう判断したウィリアムは左腰の小型ホルスターから、ハイスタンダードHDM消音拳銃を引き抜いて構えようとしたが、その引き金を目の前の兵士に引くよりも先に、別の方向からウィリアムに接近していた民族戦線兵士の自動小銃から放たれた七.六二ミリ弾がウィリアムの左上腕を掠り、その衝撃でウィリアムの手を離れた消音拳銃は目標を撃ち得ぬまま、地面に落ちた。目の前に近づいた民族戦線兵士との距離は本の三メートルほどしかなく、自分に構えられたAK-47の銃口がはっきりと見えるほどの近距離で、ウィリアムは右手を最後の武器であるナイフに伸ばし、構えようとしたが、事態は絶望的だった。目の前の兵士を倒せても、そのすぐ後ろにも別の敵兵士がついている。
ナイフだけで切り抜けられるのか…?
脳裏に不安が浮かんだが、それでも生き残るためにはやるしかなかった。決意を固めたウィリアムは右手で柄を握ったナイフを鞘から引き抜き、体勢を整えて、突撃してくる敵を見つめると、相手との距離を測った。刹那の時の流れの後、まさかナイフで飛びかかってくると思っていない敵に不意打ちをかける一瞬の隙を見つけたウィリアムはAK-47の銃口を避けながら敵に飛びかかろうとしたが、その瞬間、間近で弾けた銃声とともに生暖かい液体が彼の顔に飛び散った。
撃たれた…!
考えるよりも先に、その思考が頭の中を走り、どこを撃たれたのか確認しながら体勢を変えようとしたウィリアムは、目の前で首から血を吹き出しながら後ろ向きに倒れる民族戦線兵士の姿を見て、撃たれたのは自分ではないと気づいた。その一瞬はスローモーションの動きとなって、ウィリアムの視覚に捉えられた。倒れる兵士の後ろから突進してきていた別の兵士の姿が現れたかと思うと、彼の額にも風穴が開き、兵士は後頭部から赤色の脳髄を散らしながら、走ってきたままの勢いで、手にしたM1944型モシン・ナガンを抱えて前のめりに地面に倒れた。
「大尉!十時の方向にも敵です!」
叫び声とともにAKMSの四点射撃を放ちながら走ってきたクレイグの射撃によって、ウィリアムに接近していた五人の民族戦線兵士達は反撃をする間もなく、一瞬の内に撃ち倒された。
殆どゼロ距離まで迫っていた敵兵士達の体から弾けた血と肉片を間近に浴びることとなったウィリアム達が盾にする熱帯樹の隣に立つ別の木の裏にクレイグが取りつくと、更にその後ろにアーヴィングがポジションに着き、バイポッドを立てたストーナー63A汎用機関銃を木の陰から地面に設置して、硝煙の向こうから突撃してくる敵に向かって機銃掃射を始めた。
体を起こしたウィリアムは瞼の上に飛び散った敵の返り血を戦闘服の袖で拭こうとして、先ほどの手榴弾の破片が右頬に刺さっていることに気がついた。まだ熱を帯びている鉄片を引き抜くと、それを放り捨てた手で地面に落ちていた三十発STANAGマガジンを拾い、M16A1のマガジンハウジングに挿入したウィリアムは三時の方向、アーヴィングの機銃掃射の射撃範囲外から走ってきた民族戦線兵士に五.五六ミリNATO弾の単連射を放って撃ち倒すと、他の敵が接近していないことを確かめ、アーヴィングの方を向いて叫んだ。
「アーヴィング!ジョシュアを頼む!」
部下の反応を見る間もなく、再び前方を向いたウィリアムが突撃してくる敵に牽制射撃を始める一方で、クレイグにストーナー63の射手を交代したアーヴィングは、敵の銃撃が弱まった隙に地面の上を転がって、ジョシュアとウィリアムが盾にしている熱帯樹の裏まで移動した。一時的に無防備になっている味方を援護するクレイグの機銃掃射の精度は本来の射手であるアーヴィングにも劣らぬほど高く、撃ち倒された味方の死体を飛び越えて突撃してきた民族戦線の一個分隊は正確な機銃掃射の波に飲まれて次々と無力化された。前方で仲間が次々と機銃掃射になぎ倒されて、突撃を躊躇った三、四人ほどの民族戦線兵士達は銃弾をかわせる岩陰に身を隠したが、そのすぐ直後にウィリアムのM203グレネードランチャーから放たれた四〇ミリグレネード弾が彼らの頭上に曲射射撃で飛び込み、四人の兵士の体を地面もろとも巻き上げて炸裂した。
「大丈夫だ!傷を見せろ!」
仰向けに倒れたジョシュアの戦闘服を脱がせ、弾丸の刺さった下腹部に消毒を始めたアーヴィングの怒声と痛みに呻き声を上げるジョシュア、そして二人の張り上げる声さえも遮って、クレイグの撃つストーナー63Aが猛烈な機銃掃射の銃声を轟かす中で、弾倉交換をするために木の陰に伏せて、傍らを振り返ったウィリアムは処置をするアーヴィングの背中からジョシュアが想像以上に重症であることを悟り、唇を噛んだ。
アール達が押さえている山側からも敵は来る。両側から囲まれたままでは勝機は無い…。
「何としても突破する!敵の戦線が崩れると同時に西側に撤退するぞ!」
最後の弾倉をライフルに装填したウィリアムは声を張り上げて、部下を鼓舞しつつ、敵の方を向いてM16を構えたが、その瞬間に銃声や爆発のものとは違う、連続して腹に響く震動を感じて、頭上を見上げた。