第四章 十七話 「新世界の正義」
文字数 2,995文字
「世界大戦が目的だと…?あれほど多くの人間が死んでいった戦争を繰り返すなど…、お前が望むのはただの破壊だけか…!」
外見は無感情なメイナードだが、それでも旧知の友の中に人間性が存在すると信じていたリロイは憤怒から出た怒鳴り声とともにパイプ机に拳を激しく叩きつけたが、相対するメイナードは表情一つすら変えなかった。
「君達のCIAも諸外国に破壊工作を仕掛け、新たな戦争の火種を作っているではないか。」
メイナードの言葉に弱みを突かれたような気がしたリロイは心の中に少しの動揺を感じつつも己の正義を切り返した。
「それはアメリカの権益を…、国民の安全と暮らしを守るための最低限必要なことだからやっているのだ!」
「だが、その必要悪のために中米やアジアでは何千万人もの人間が死んだ…。」
間髪入れずにそう言い返したメイナードの言葉にリロイは反論することができなかった。世界大戦ほどの死者ではなかったにせよ、朝鮮戦争では六四〇万人、ベトナム戦争では八一三万人の人間が軍民合わせて犠牲になった。世界の一部の平和を守るために、世界の別の場所で多くの人命が失われている…、そう言っても間違いではないのが、現在の世界。そしてその世界を支えるために仕事をしているが故にリロイはメイナードに対して反論できなかったのだった。そんなリロイの姿を嘲笑うかのように微笑を浮かべたメイナードは不気味なほど穏やかな口調で続けた。
「だが、君等を責めるようなことはせん。その権利は私は勿論、人類の誰にも無いからな…。だが、だからこそ我々は認めなければならない。戦争がこの世界の自然の摂理であるということを…。」
「戦争が自然の摂理だと…?」
先程までの怒りも忘れて問い返したリロイにメイナードは静かに頷いて答えた。
「そうだ、戦争の原理は競争だ…。余りに悲惨で破壊が凄惨なために誰も同じとは言わないが、他の生物が己の遺伝子を後世に残すため、生き残るためにしている競争とその本質は何も変わらない…。」
「戦争がダーウィンの生物進化論の産物であるとでも言いたいのか…?」
苛立った声で聞き返したリロイに意味ありげな笑みを浮かべたメイナードは答えた。
「そうだ…。我々、人類が地球という限られた範囲、限られた資源の中だけで生きていく限り、いつかは衝突が生じる…。戦争をしないようにしたとしても、その果てで必ず戦争が起きる…、何故か?戦争が自然の摂理だからだ。」
「しかし、人類の知恵と科学を結集させれば、我々はいつかお互いに争い合わずに共存していく道を見いだせるはずだ!」
何とか反論したリロイの言葉に、低い笑い声を上げたメイナードは問い返した。
「どうやって?火星にでも行くのか?とんでもない金と労力、人命の犠牲をかけても、人類はようやく数人の人間を数時間だけ月に送り込むことくらいしかできなかったんだぞ…。君が言うような共存の道を人類が見つけ出す頃には我々か地球のどちらかが人類の繁栄の汚染で滅んでいるぞ。」
「だが、それだからと言ってお前の考えが正義になるわけではない!」
「それしか道はないんだ!リロイ!」
激しく言い返したメイナードは一つ深い息をつくと、軋み音をたてるパイプ椅子に深く腰掛けて、何かを思い出すかのように狭い尋問部屋の天井を見上げ、重々しく語り始めた。
「我々、人類に生き残る道はそれしかないんだ…。核兵器が開発され、相互確証破壊が確立されて三十年…、人類は大国同士の戦争を経験せず、その人口を爆発的に増やしてきたが、その結果が何を引き起こしたか…。お前も知らないわけではないだろう?」
世界中で人口が増えすぎたために世界の一部では食糧不足による飢餓で苦しむ人間が現れ、同時に世界各国で急速に進んだ工業化は世界中で環境汚染を引き起こし、行き過ぎた資源利用はアマゾンの森林伐採を始めとして世界中の自然環境を破壊してきた。世界は大きな悲劇を体験することのないまま、繁栄を続けているように見せて、その影では人類の一部や地球そのものがその繁栄を支えるための犠牲となっているのも事実だった。
「加えて、そこまでして守る平和というのも、あくまで先進国にとっての平和でしかない…。思い出してみろ、アメリカが平和であるために朝鮮半島やベトナムで何人の人間が死んでいったかを…。先進国の無能な一人がのうのうと生き延びるために、人類と世界により重大な貢献を果たすはずだった人間が地球の反対側で何百人死んでいると思う?」
「人間の命に価値の上下など無いし、そんなことを決める権利など、誰にも無いはずだ…!」
反論はするものの、最初の気迫は全く無くなってしまったリロイにメイナードは首を横に振りながら続けた。
「命の価値に上下があるなどということを言っているのではない。ただ優れているか劣っているか…、強いか弱いかということだ。そして、強いもののみが生き残る…。それが本来の我々、生命のあるべき姿…、自然の摂理だ。」
リロイも尋問官達も沈黙した中で、メイナードは自身の正義を語り続けた。それが正しいと飲み込めてはいないものの、先程までメイナードをただの捕虜としか見なしていなかったCIAの尋問官達も今は目の前にいる男の容赦のない正義観に気圧されて思考を停止してしまっていた。
「本当に生きるべき人間が全力をかけて生き残り、後世の文明を継いでいく…。そのためには例え多くの犠牲を出すことになったとしても、あの圧倒的な技術革新をもたらした世界大戦を人類に再び経験させる必要があるんだ…!」
人類の種としての質を保ち、地球という限られた資源を枯渇させないためにも世界規模での戦争という過酷な試練を人類全体に平等に体験させ、本当に生き残るべき限られた人間だけが残る世界を作る…。自由の不平等や自然破壊が蔓延する世界に対し、メイナードが突きつけた世界のあるべき姿、正義感は正しいようにも思えたが、自分自身が人である以上、リロイには人の意思を無視したメイナードの考えはどこか致命的に間違っていると感じたのだった。
「理性を捨てた四〇億人の人類による生存競争…、でも、そんなの狂っている…!」
だが、今ある人類の繁栄と一部の世界だけに維持された平和が正しいとも言い切れなかったリロイはただ一言だけ吐き捨てると、コーディ達を残して尋問室を後にした。