第三章 二話 「機密」

文字数 1,806文字

急な予定だったため、空中給油を受けられなかった二機のC-130はアメリカ西部のシーモア・ジョンソン空軍基地から目的地のタイまで燃料補給なしでは辿り着くことができず、現地時間(日本時刻)の十二時、給油と整備のために立ち寄った沖縄の嘉手納基地で補給を受けていた。
行き先はアジアだと聞き、てっきり亜熱帯の気候を予想していたコーディは西海岸の冬にも負けないくらいの寒さに耐えかね、"デルタ"の隊員達とともに、滑走路脇の管制塔建物の中で寒さをしのいでいた。そもそも対外工作担当官となってから、ずっと南米大陸の担当だった彼にとって、寒い冬というもの自体が数年ぶりだったが、それを差し引いても余りあるほどの寒さの中で、彼と"デルタ"をここに引き連れてきたリロイ・ボーン・カーヴァーだけは滑走路に残り、整備員がせわしなく動くC-130の横で、積み上げられた弾薬箱の上に腰掛け、落ち着かない様子で両手を組んで出発の時を待っていた。
そんなにソワソワしても、どうせ給油にかかる時間は変わらないのに…。
落ち着きのない上司の姿を管制塔建物の窓から見下ろしながら、コーディがそう考えていた時、
「リロイ・ボーン・カーヴァーさんでありますか!」
精悍な声が彼の背後からかけられ、コーディが振り返ると、空軍のサービスドレスに身を包んだ小柄な少尉が茶色い封筒を両手で抱えて立っていた。
「本国より命令書であります。」
「違うが、カーヴァー部長は私の上司だ。代わりに渡しておこう。」
コーディがそう答えて封筒を受け取ると、小柄な空軍少尉は足早に立ち去ってしまった。その背中を見送り、封筒の表に記されている秘匿コードを確認したコーディは、それが自分の情報閲覧権限では見てはならないものであることを確認して呆れた。
これほど重要な書類を本人ではなく、自称部下を名乗る人間に渡すとは…。この基地の機密管理は呆れたものだな…。
そう思うと同時に、また面倒な命令が与えられたのではないか、と憂鬱な気分に襲われたコーディは手渡された命令書を建物の外にいる上司に届けるために重い足を進めた。

リロイ・ボーン・カーヴァーは整備中のC-130ハーキュリーズの脇で、弾薬箱の上に座り、補給完了の時を待っていた。
何でわざわざ、こんなクソ寒い中、外で整備を待つんだ…!
吐く息が白く曇るほど寒い空気に、建物から出て数秒歩いただけで、体を芯まで凍らされたコーディは上司に内心で毒付きながら、リロイの元まで歩み寄ると、
「本部よりの伝令のようですが…。」
と苛立ちの籠もった声を出して、上司に封筒を手渡したが、余程何かに追い立てられているのか、リロイは部下の苛立ちには全く気づいていない様子だった。
「ああ…、ありがとう…。」
それだけ言って受け取った封筒の中身を取り出し、命令書を読み始めたリロイの姿を脇で見つめながら、メイナードという陸軍大佐がカンボジアで何を企んでいるのか、コーディは様々な事に思考を巡らせたが、彼に分かるのは命令書を読み込むリロイの顔つきが次第に険しくなっていくことだけだった。
「司令部はなんと?」
自分の機密情報取り扱い資格では見てはならない資料の内容を問うのは愚行だったが、命令書に目を通したリロイの深刻な表情を目にして、コーディは問わずにはいられなかった。部下の問いに資料の一点を見つめていたリロイは顔を上げたが、質問に答えることはなく、代わりに傍らで作業をする整備員の方を振り向くと、
「給油には、あと何分かかる!」
と強い語調で問うた。
その剣幕に何か急がなくてはならない理由があるのを悟ったのはコーディだけではなく、整備員も同様で、機体後部のタイヤの整備をしていた彼は狼狽した様子で早口に答えた。
「給油自体は終了してます!あとは機体の最終チェックを終わらせるだけです!時間は一時間ほどかかるかと…。」
「なるべく早く終わらせてくれ!できれば、半時間だ…!」
リロイも少し早口でそう返すと、「了解しました!」と整備員が応答したよりも先に、コーディの方を向き、直属の部下にも指令を与えた。
「ダーク大尉に伝えるんだ。すぐに隊員を招集するようにな…!」
その剣幕に、やはり只事ではないことを悟ったコーディは先程までの苛立ちも忘れ、白く曇った息を大きく吐き出しながら、
「了解しました…!」
と上ずった声を張り上げて答えると、踵を返し、"デルタ"の隊員達が待機する管制塔建物の方へと走り始めた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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