第三章 十五話 「謎の武装勢力」
文字数 2,279文字
「あれはARVN(南ベトナム陸軍)だな…。」
「全員、北東側の斜面の上から来る新しい勢力には攻撃するな!」
双眼鏡を目に当てたアールが呟く中、隣で身を伏せたウィリアムが開いた隊内無線に命令した。撤退し遅れて銃撃と迫撃砲の攻撃に前後を塞がれた民族戦線部隊は一瞬の内に壊滅し、熱帯樹を盾にしながら銃撃を続けて、藪の中を前進してきたタイガーストライプ迷彩のベトナム人兵士達は負傷して倒れた民族戦線兵士達に止めの銃弾を撃ち込みつつ、ウィリアム達に近づいてきた。
「大尉!どうしますか!」
「全員、撃つな!絶対に撃つな!」
指示を求めるリーの叫び声に怒声をあげたウィリアムの前にも、サングラスをかけた小柄なベトナム人兵士がM2カービンを構えて近づいてきた。
「大尉!こいつら、俺達を殺るつもりですよ!」
傍らのリーやアール達の周囲にもタイガーストライプ迷彩服を着たベトナム人兵士達が取り囲み、手にしたM16を構えてベトナム語で怒声を放つ彼らにリーも張り合うかのように悪態を叫び返していた。
「誰も手を出すな!絶対に手を出すな!」
ウィリアムがAK-47を下ろし、両腕を上げながら部下達に叫んだが、リーは従おうとしなかった。
「大尉!こいつらが味方とは限りません…、待て!こら!やめろ!」
散弾銃を取り上げられそうになり、怒鳴り声を上げたリーに、ベトナム人兵士達もM16の銃口を突きつけて激昂し、一触即発の緊張感がブラボー分隊の周囲に漂った。
ARVNだと思っていたが、違うかもしれない…。
例え、民族戦線に敵対していたとしても、クメール・ルージュのようにアメリカの味方ではない組織もある。武器を捨て、両手を上げても、銃を構えて、こちらを睨んでいるベトナム人兵士達の顔を見返し、自分の判断が誤りだったかもしれないと疑ったウィリアムだったが、直後にベトナム人兵士達の後ろから聞こえてきた声に意識を引き戻された。背後から聞こえてきた声に民族戦線兵士がM2カービンの銃口を下ろして振り返り、ウィリアムもその先に視線を向ける。
「士官か…?」
アールが隣で呟く中、落ち着いた声で部下達を諭しながらウィリアム達に歩み寄ってきた細身のベトナム人兵士は赤色のARVNレンジャー・ペレー帽を被っており、佇まいにも他の兵士達より落ち着いたものがあった。恐らくは士官と思われるそのベトナム人は、リーから散弾銃を奪った兵士からショットガンを取り上げると、それをリーに返しながら、落ち着いた声のベトナム語で彼に話しかけた。
「何だ?何を言ってやがる?」
アジア人の顔をしていることから言葉が通じると思って、リーに話しかけたのだろうが、日系アメリカ人の彼にベトナム語は理解不能だった。
「指揮官は私だ。」
二人の方を向いたウィリアムが手を上げて言うと、すぐ脇に立っていたベトナム人兵士が再びM2カービンの銃口をウィリアムに向けた。それを見て、リーの傍らから立ち上がったベトナム人士官はウィリアムに歩み寄ると、部下にカービン銃を下ろさせて、穏やかな動きと表情で今度は英語で何かを言ったが、訛った不完全な英語ではウィリアム達には断片的な言葉しか拾えず、完全には理解できなかった。
「た…、大尉…。」
銃弾に撃たれた左脇腹を押さえてウィリアムの後ろに這ってきたジョシュアが分隊長の肩に手を置き、呻くようにして声を出した。
「彼らは…、アメリカ人かと聞いています…。」
「アメリカ人?」
痛みに顔を歪めながら声を出すジョシュアを見返して、ウィリアムは聞き返した。
「そうです…。」
そう言って頷いたジョシュアはベトナム人士官の顔を見上げると、ベトナム語で一言ほど振り絞るようにして言葉を出した。その言葉を静かに聞いていた士官の男はジョシュアの言葉を聞き終わると同時に、ウィリアムの方を向いて、「コ、マンダ…。」と言葉を出した。
「コマンダ…?」
そう聞き返して、ベトナム人士官が指揮官の意味のコマンダーと言いたいのだと推察したウィリアムは男の顔を見返して何度も頷いた。
「そう、そうだ。私がコマンダーだ。」
ウィリアムの反応を見て、確かめたいことを確認できたらしいベトナム人士官の男は頷きながら腰を上げると、背後に控えていた部下達にベトナム語で何か命令した。それを聞いて、銃から手を放し、完全に敵意を消失したベトナム人兵士達はベトナム語で返答すると背後の茂みの中へと姿を消した。
「敵…、ではないらしいな…。」
そう呟きながら、アールがMk22 "ハッシュパピー"をホルスターにしまったところで、先程のベトナム人兵士達が茂みの中から再び現れ、携行してきた簡易担架を組み上げると、横たわるジョシュアの隣に置いた。
「アーヴィング!手伝ってやれ!」
ジョシュアの体を担架の上に移そうとしているベトナム人兵士達の横に衛生兵のアーヴィングが付き、英語が伝わらない相手に身振り手振りで留意することを伝えると、数人で負傷したジョシュアの体を移した。その後、担架の上に移し替えたジョシュアの体にアーヴィングが追加の応急処置を済ませたところで、ウィリアム達はベトナム人士官が率いる部隊とともに移動を開始した。