第二章 二話 「作戦」

文字数 2,173文字

三つの大型格納庫の内、一番西側に建てられた倉庫はA棟と名付けられ、本作戦のための指揮室がその中に置かれていて、作戦指揮を担当するC分隊の隊員達が最新のコンピューター類に囲まれて作業していた。その指揮室と仮設パネルの壁を挟んで隣接する即席の会議室では、"ゴースト"の隊員達が作戦概略を説明するウィルフレッド・サンダース少佐の話を大机を囲んで聞いていた。大机の上には今回の作戦の標的となるソ連軍事顧問団基地の見取り図を描いた地図が広げられ、隊員達が見やすいように天井から大型ライトで照らされている。サンダースは伸縮棒で地図の上を指して作戦の内容を説明していた。
「これが標的拠点の概略図だ。基地の北側から西側と東側の周囲、約三百度は深さ五十メートルの谷に囲まれている。よって、基地への進入路は北側にかかる橋を渡るか、陸続きの南側から進むしかないが、どちらもゲートの前には車止めに機銃陣地、監視塔から対戦車砲と警戒が厳重で突破は困難だ。」
サンダース少佐の伸縮棒の先端が地図に描かれた敵基地の北と南のゲートを叩き、その上でバツ印を描いた。
「そこで我々は西側から基地へ接近し、ラペリング降下で谷に降りた後、谷底を移動し、西のここと東のここ、この二点から基地に侵入する。」
伸縮棒の先端が基地外周の東側と西側の一点を叩く。すかさず、トム・リー・ミンクが疑義を挟んだ。
「いや、しかし基地側も崖になってるわけでしょう?五十メートルも越える絶壁をどうやって…。」
「待て。人の話は最後まで聞け。」
落ち着いた様子で、リーを諌めたサンダース少佐は続けた。
「基地の民族戦線兵士が崖下の警戒に出るために、谷底へと降りる階段がある。東と西のこの二ヶ所だ。」
サンダース少佐が棒の先端で描いた◯印の中には監視塔とサーチライトを示す記号が描かれていた。おそらく、監視員の警備所だろう。東側と西側に一ヶ所ずつある。そこと谷底を結ぶ階段があり、サンダースはそれを侵入に使うつもりなのだ。
「現在の計画ではアルファ分隊は東側のここからヘリコプター飛行場へと侵入し、ブラボー分隊は西側のこの場所から隣接する兵舎区画に侵入することになっている。」
サンダースはそれぞれの分隊が進む道を伸縮棒の先端でなぞると、中央棟と書かれた基地中央の建物をを指し、最後に南側ゲートの上に×印を描いた。
「それぞれ、所定の位置に爆弾をセットしつつ、アルファは中央棟に侵入、標的確保。同時にブラボー分隊は南側ゲートの制圧準備にかかり、二隊合流とともに奇襲で一気に突破口を開き、撤退する。説明は以上だが、何か質問はあるか?」
一番、最初に手をあげたのはアルファ分隊副官のアレックス中尉だった。
「敵基地ですが、どれほどの規模の部隊が駐留していると予想されますか?」
うむ、と頷いたサンダース少佐は、伸縮棒の先端で兵舎の回りに◯印を描き、さらに中央棟の建物を指して答えた。
「NLF(南ベトナム解放民族戦線)の歩兵が約二百名強、ソ連人軍事顧問団が三十人、その内の二十人ほどがスペツナズと推測される。」
「スペツナズ…。」
ソビエト軍特殊部隊の名を聞いて、隊員達の間に緊張の空気が流れたが、トム・リー・ミンクはそんなこと全く気にしていないという様子で威勢の良い声を出した。
「それで特殊部隊殺しの我々に出番が回ってきたという訳ですね。」
リーの軽口に隊員達の何人かが笑い、場の空気が微かに和んだが、サンダースが「緊張感を持て!」と叱責した。
「油断するな!敵は戦車もヘリコプターも持ってる。奇襲に失敗すれば、なぶり殺しにされるぞ。」
地図の上には、常に基地周辺を哨戒飛行している民族戦線のMi-24Aハインドを示す記号も描かれていた。
仮に奇襲に成功しても、あのヘリを落とさない限りは追跡されて全滅するな…。
ウィリアムは、腕を組んで地図の上のハインドの記号を睨みながら、煩わしい空の目を潰す方法を思案した。
「出来れば彼らとの正面からの戦闘は避けたい。全て奇襲と一方的攻撃で終わらせてしまいたいところだが…。」
伸縮棒を折り畳みながら、見取り図を見つめて神妙そうにそう言ったサンダース少佐は背後のホワイトボードを振り返り、そこに貼り付けられたカラー写真の拡大プリントを固めた拳で叩いた。
「そして、回収する標的はこの二人だ。右の鏡の若い方がユーリ・ホフマン、物理学者だ。そして、左のこの髭面の中年男が生物学者のイリヤ・ポモシュニコフだ。」
この二人の顔を良く覚えとけ、と続けたサンダースに、「何で学者なんか…。」とアルファ分隊の隊員の一人が呟いた。作戦のための最低限の情報しか与えらない隊員達からすれば、ある意味、当然の問いであったが、サンダースは叱責した。
「俺達の任務は作戦の目的を決めることじゃない。全ては上の意向だ。お前達は常に目の前の任務を完遂するために最善の行動を考えろ。」
部下をそう諭した彼は他の隊員達の顔を見返すと、ミーティングの終了を宣言した。
「以上だ!まだ、作戦の決行までには三週間近く時間がある。標的の顔写真や航空写真は各自確認して頭に叩き込んどいてくれ!変更があれば、逐次伝える!それでは解散だ!」
はっ、と声を揃えて、敬礼とともに答えた十数人の男達は、次はこれから始まる訓練に備えるために、武器類を保管する隣接のB棟格納庫へと向かった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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