第一章 十一話 「北の地」

文字数 1,761文字

一九七五年 二月十日

「カナダかぁ。本当に寒いですね。」
イーノックが白い息を、はぁー、と吐き出しながら呟く。一応のところ、防寒用のコートはしっかりしたものを用意してきたのだが、それでも北緯六〇度、イエローナイフの寒さは体に染みてきた。
イエローナイフ駅で鉄道を降りると、その寒さが結実させた雪が降り、一面に白い世界が広がっていた。周囲の観光客もウィリアム達と似たり寄ったりの、厚手のコートとマフラーに身を包み、重装備然りといった感じの様子だ。
「それで、ここからどうやって行くんですか?」
電車の中では機密が漏洩する危険性もあったため、イーノックには今から会いに行く人間がカナダ北部の山中にいる、としか伝えていなかった。
「その男を見張っているCIAの男が送ってくれる手はずになっている。」
改札口を通り抜けたところで、サングラスをかけ、頭に防寒用のヘアバンドを被った小柄な白人が二人に近寄ってきた。
「ヨウ!ヨウ!イケてる御二人さんよー。イエローナイフに来たからには、うちのお店にも寄ってきなよー。」
訛りのある英語で喋る陽気な男に、イーノックは妙なやつに絡まれたと思ったのか、片手で払うようにしたが、
「よし、じゃあお世話になろう。」
とウィリアムが言ったので、目をひんむいて驚いた。
「本当に付いて行くつもりなんですか?任務なんですよ?」
動揺して、「任務」という言葉を口走ってしまったイーノックをウィリアムは片手で制した。
「仕事の成果は思ってもいないところで、得られることもある。」
それでも怪訝そうなイーノックだったが、ウィリアムが男に付いて行くと、仕方なくその後ろに続いた。
男は何歳くらいなのだろう。ウィリアムの前を跳び跳ねたり、くるくる回ったりして、まるでおもちゃを買ってもらって上機嫌な子供のようであった。
CIAの男との約束は良いのか?、と思いながら、イーノックが見上げた空は灰色に曇り、白い雪の塊が降ってきていた。
男に導かれるまま、駅の駐車場に出た二人は一番端に停められていた赤色の小型車に乗るよう、促された。
「どうぞぉ、乗ってくだせぇ。旦那方。」
ひょうきんな声に、サングラスの下の唇には満面の笑みを浮かべた男が勧める。
ウィリアムは何の迷いもなく、男に言われるまま、車の後部座席に乗り込んでしまった。そのままでいても仕方がないイーノックも、逆側から後部座席に乗り込んだ。
一拍遅れて運転席に乗り込んできた男はサングラスを外すと、後部座席のイーノック達を振り向いた。その顔に先ほどまでの剽軽な笑顔はなく、鋭い光をはらんだ男の目に睨まれて、イーノックは自分の体が縮こまるのを感じた。
「何故、ここに来た?」
大きくはないが、ドスの利いた声に、先程までの剽軽な男の面影はなかった。
「郊外の山に住む元海軍の男に話がある。」
ウィリアムは動揺することもなく、平然と答えた。
「あんたたち、兵隊さんらしいな。」
この段になってようやく、イーノックはこの男がCIAの男なのだ、ということに気がついた。それで大尉はこの男に付いてきたのか…、と納得している彼をよそに、男は二人の方を見て続けた。
「今度は陸軍の人かなんか知らんが、海軍でも陸軍でも、あの男を説得するのは不可能だ。」
今すぐに帰れ、とでも言いそうな剣幕の男だったが、ウィリアムは男の言葉など、全く聞こえていないと言った様子だった。
「だめで元々で来ている。さぁ、出発してくれ」
男は前を向き、しぶしぶという感じで車のエンジンをかけた。小型車は腹に響く振動とともに、そのエンジンを始動させた。
「あんた達が来たら、あいつを監視しているKGBの奴らがまた落ち着かなくなるだろうな…。」
男はフロントガラスに積もった雪をワイパーがかき分けるのを見つめながらぼやいた。
「KGB…?KGBも見張ってるんですか?」
突然男の口から飛び出してきたソ連の諜報組織の名前に驚いていたイーノックは隣に座っているウィリアムに聞いたが、質問に答えたのは運転席の男だった。
「当たり前だ。あんたら、あいつのことをちゃんと調べてたんじゃないのか?」
「はっ?いや…、俺には機密ということ…。」
「まぁ、良い!行くぞ!」
イーノックがウィリアムに対する不満を吐ききる前に車は走りだし、イエローナイフ駅から飛び出して、目的地へと向かって走り出した。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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