序章 二話 「籠城」

文字数 1,739文字

西暦一四九二年にコロンブスが西インド諸島と呼ばれるカリブ海の島々を発見して以降、スペインやポルトガルからやって来た「コンキスタドール」と呼ばれる人々が続々とそれらの島々に入植し、先住民の文明を征服して、自分達のの国を築いた。多くの場合、その途上で元来生活していた先住民達は生活の場所と自由を奪われ、ヨーロッパ人の入植者達のもとで重労働に使役され、ある者は過労により、ある者はヨーロッパ人の持ち込んだ疫病によって、そしてある者は彼らを管理する入植者に歯向かったために命を失った。
カリブ海上、ジャマイカとキューバの中程に浮かぶ総面積二万二千キロ平方メートル余りの小さな島国であるゲネルバも例外ではなく、一六世紀の到来と同時にスペイン人による長い支配が始まった。スペインによる二百年に及ぶ植民地時代とその後に続いたアメリカ人侵略者と彼らの引き連れたプランテーション企業による奴隷支配の時代...。かつて九世紀ごろに栄えた土着文明の古都は完全に廃れ、国の西側に細く伸びた半島にスペイン人達が貿易のために築いた港湾都市、カプロリウムが現在の首都となった。周辺部には伝統的な石作りの住居にスラム街が広がるが、中心部には近代都市風のコンクリート製の建物が立ち並び、その下では政策の一部として輸入された外国車がランプを明滅させ、うごめいている。港湾施設にも大型の作業用クレーンが立ち並び、港には作業用のライトと海外からやって来た大型船の灯す安全灯と生活灯の光が夜の闇の中で煌々と輝いていた。国内に紛争と貧困を抱えるゲネルバの中にあって、唯一近代都市の様相を呈するカプロリウムが発する人工灯の集合が麓で輝くのを見下ろす、標高八百メートルの裏山の頂上に駐ゲネルバ・アメリカ特命大使、マシュー・アラン・リードの私邸はあった。かつて、この国を支配したスペイン人領主の邸宅を改築した私邸は地中海に伝統的な石灰造りの三階建ての豪邸で、普段であれば全体に明かりが灯り、唯一の車両道に続く建物正面の検問では三十メートルの高さの見張り櫓の上からサーチライトの光が周囲を照らし、分厚い金属で構築されたゲートが侵入者を防ぐため固く閉ざされていたが、この夜は邸宅の中の電気もサーチライトの光も消え、ゲートは対戦車弾の直撃と戦闘ブルドーザーの突撃で穿たれていた。
「我々の要求は、七万五千ドルの身代金と、昨年その存在が公になり、スケープゴートのためにアメリカが一方的に打ち切った武器供与再開の確約である。」
リード特命大使の頭に銃を突きつけた「ゲネルバ革命軍」の兵士達、三十五人の要求はこうであった。

一九七五年 一月二一日 現地時刻午前二時頃

周囲は難攻不落の地雷原に囲まれ、唯一の道である正面の車両道も邸宅屋上に設置された重機関銃と狙撃手の赤外線式暗視装置の目が常に睨んでおり、対処に当たっている現地警察とゲネルバ陸軍、彼らを事実上統制するCIAのエージェント達は打つ手を完全に失って、途方に暮れていた。
そんな彼らの上空一万メートルには接近する一機の中型輸送機の機影があった。首都カプロリウムとは島の反対側に位置する小さな民間兼軍用空港からカリブ海上へと飛び立ち、所定の高度を取った後、任務遂行のためにカプロリウム方面へと進路を変えた一機のC-123B 中型輸送機は機体に描かれた国旗も識別信号もゲネルバ空軍所属のものだったが、そのパイロットと副操縦士、そしてキャビンの中で作戦開始の時を待つ六人の兵士達はゲネルバ軍人ではなかった。アメリカ陸軍第一特殊部隊対特殊戦用特務小隊、通称"ゴースト"と呼ばれる部隊のブラボー分隊の隊員六人は狭く暗いキャビンの中でこれから始まる作戦行動を沈黙とともに待っていた。沈黙と緊張が滞留する暗闇の中で分隊長のウィリアム・ロバート・カークス大尉は機外からキャビンの足下を震わせる気流の振動の変化を足元に感じ、輸送機が進路を変えたことを察知すると、左手首に取り付けた軍用腕時計が示す時刻を確認した。
X-6、作戦開始六分前...。ついに始まるな...。
厚い積乱雲の上を運命の時に向かって飛行するC-123Bの小さい機体が、満天の星空の光に照らされて銀色に輝き、その影を真っ白い雲の上に投射していた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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