第二章 二十話 「侵入」
文字数 2,806文字
「真面目に仕事しろ!」
と怒鳴った。四百ワットのライトに当てられ、眩しそうに手で光を遮りながら文句を言った三人の内の一人が、その場でズボンを脱ぎ捨て、
「よく見やがれ!」
と叫んだ。高台にいた民族戦線兵士が男の汚い局部をサーチライトの照明の中ではっきりと見せられ、不快感を顔に表すのを見て、他の二人が大笑いする。
「小便してくる!」
ズボンを脱ぎ捨てたまま、AK-47を手に谷への階段へ走っていった男を見て、銃座に残った二人が、
「あまりに醜いものを見せすぎて、ファン班長に殺されるなよ!」
と笑いながら言うと、ズボンを脱ぎ捨てた男は、
「ファンの野郎はくそくらえだ!」
と裸の尻を付きだし、小馬鹿にするような仕草とともに上司の悪口を吐き、その姿に銃座に残った二人の民族戦線兵士はまたしても大笑いした。下半身裸の男がAK-47をスリングで肩にかけて、階段を闇と濃霧に包まれた谷底へ降りていくのを、嘆息とともに見送った高台の兵士は、直後、霧の中から男の呻き声が聞こえたような気がして、探照灯の光で階段を照らした。霧ではっきりとは見えないが、特に人影はない。
「ちゃんと警戒しろ!」
銃座の二人に、もう一度怒鳴った監視塔の兵士は二人がふて腐れた態度で、重機関銃に取りつくのを見届けると、傍らに立て掛けていたSKSカービンを手に取り、探照灯が照らす階段の踊り場辺りを狙って構えた。
照星の先に見える、曇った景色が先程と少し異なるような違和感を感じ、男が背筋に寒気を感じた瞬間、彼の視線の先で闇の中に漂う霧が微かに煌めき、小さな破裂音とともに飛来した九ミリ・パラベラム弾が彼の額を掠って、男はその衝撃で後ろに倒れた。
敵だ!
そう叫ぼうとした男の肺と心臓を木造の高台の床を貫通して連射されてきた九ミリ・パラベラム弾が完全に破壊し、瞬時に男を絶命させた。
死ぬ間際に、下の同僚達が仲間に危機を伝えてくれるはずだ、と高台の男はそれだけを希望に逝ったが、頼みの綱であった二人は、男がアールのMk22 Mod0が放った九ミリ弾に撃たれるよりも先に、背後から音もなく近づいていたアーヴィングとリーにワイヤーで首を閉められ、窒息死体となって、重機関銃の脇に転がっていた。
警戒所を制圧し、周囲に敵の姿がないことを確かめたアールは隊内無線を開いた。
「こちら、イーグル・チーム。西側警戒所、制圧。これより、兵舎エリアに侵入する。」
アールのその無線連絡がウィリアム達に届いた時、彼らは既に北側の橋の根本に十基のC4爆弾を仕掛け終わり、見張り達が谷に下りる時に使う、崖を削って作られた階段を登って、東側の警戒所のすぐ真下にまでやって来ていた。
「ラット・チーム、了解。こちらも侵入する。」
無線連絡を返したウィリアムは、高台の兵士の注意がこちらから逸れているのを確認すると、背後のジョシュア、クレイグ、イーノックを振り返り、目配せをして、音をたてずに一気に石削りの階段を最後まで登りきった。銃座の中で、煙草を吸ったり、雑誌を読んだりして寛いでいた三人の民族戦線兵士達が突然現れた敵に対して、合理的な判断を下して行動するよりも先に、ウィリアムとその後ろに続いたジョシュアのハイスタンダードHDM消音拳銃の銃口から放たれた.22ロングライフル弾が彼らの額を撃ち抜いた。
ぼんやり、と渓谷を包む白い霧をサーチライトで照らしていた高台の兵士は下で起こった異変に気づき、サーチライトの光をそちらに向けようとしたが、四百ワットの光が異形の侵入者を照らすよるも先に、階段の踊り場からクレイグがCCGクロスボウで放った鋼鉄製の弓矢に頭部を前から後ろに向かって貫かれ即死した。
「イーノック、監視塔に上がれ!」
周囲の敵を全て排除したのを確認し、背後のイーノックに指示を出したウィリアムは鉄条網の脇まで身を伏せて近づくと、その向こうに広がる飛行場を双眼鏡で偵察した。
三万平方メートルほどの敷地を平らにして作られただけの飛行場には、南側にUH-1が三機、北側を向いて並んで駐機し、その向こうに大型のソ連製攻撃ヘリコプターMi-24Aハインドがウィリアム達の方に機首を向けて駐機していた。飛行場の東側には、ウィリアム達が張り付いている鉄条網フェンスの近くにOH-6が二機駐機し、その向こう側にOH-58カイオワ偵察ヘリコプターが一機停まり、さらにその向こう側に今回の作戦の完全破壊目標となっているMi-6、ソ連製の大型輸送ヘリコプターが見えた。
あれが工作員の写真にあったヘリか…。
ソ連製大型ヘリコプターの横腹を双眼鏡の目でじっくりと観察したウィリアムは、今度は飛行場の北側に偵察の目を向けた。飛行場の北側は駐車施設になっており、トラックやジープなど大小の通常車両に加え、戦車らしき影も幾つか確認できた。
「戦車は潰しておかないと面倒だな……。」
双眼鏡で駐車場の方を見つめながら、ウィリアムは呟いた。
だが、ヘリコプターに爆弾を仕掛け、その上で戦車も無力化するとなると、かなり時間がかかってしまう。間に合うのか…?
そう心中に過ぎったウィリアムの不安を察するかのように、彼の脇に寄ってきたクレイグが、「車両の方は俺一人で片付けます。」と進言した。
「いけるか…?」
「時間がありません。やるしかないでしょう。」
確認したウィリアムにそう呟いて返したクレイグは単眼鏡で駐車場の方を睨み、既にどの目標にどの順番で爆弾を仕掛けるかを考えているようだった。彼一人に駐車場の制圧を任せるのは荷が重すぎるような気もしたが、ウィリアムに迷う時間は与えられていなかった。
「分かった。車両の方は任せた。」
クレイグのかつての戦績を信じて、ウィリアムは命じた。そして、背後の高台を振り返ると、その上に登って狙撃体勢を整えているイーノックに援護するようハンドサインを出して、鉄条網のフェンスを工具で破り、敵基地の内部へと侵入したのだった。