第三章 八話 「乱戦」
文字数 3,394文字
隊内無線に小声で命じたウィリアムは、四倍率スコープの視界中央に描かれている十字線の交点を、木の陰からこちらの様子を窺う民族戦線兵士の被っている焦げた黄緑色のピスヘルメットに合わせると、引き金にかけた右手の人差し指を引き込んだ。あと少しで銃弾が発せられるその瞬間、スコープの視界の外で唐突に炸裂音が発し、それが何であるかを理解するよりも先に、ウィリアムは「伏せろ!」と叫びながら、身を隠した窪地の中に伏せた。コンマ数秒遅れて、ウィリアム達が張った防衛線の二十メートル後方に着弾したB-40ロケット弾の爆発が周囲の地面を噴き上げたと同時に、ウィリアムは叫んだ。
「応射しろ!」
第二弾、第三弾の対戦車ロケット弾が飛翔してきて、次々と間近で炸裂する中、窪地の中から首から上だけを出したウィリアムは、ロケットランチャーの援護のもと、五六式自動小銃を乱射しながら突撃してくる民族戦線兵士の額に狙いを定め、引き金を引いた。ウィリアムの数メートル横では、伏射の姿勢を取ったアーヴィングのストーナー63A汎用機関銃が怒濤の機銃掃射を始め、AK-47やSKSカービンを乱射しながら突撃してきていた民族戦線の兵士の一団をなぎ払い、防衛ラインの一番左翼を担うウィリアム達から右に十数メートル離れたところでは、アールのストーナー63LMGがフルオートで銃弾をばらまき、その機銃掃射を避けるために熱帯樹の陰に隠れた数人の民族戦線兵士達の体をリーのM203グレネードランチャーから曲射射撃で放たれたグレネード弾の炸裂が木の根本もろとも木っ端微塵に吹き飛ばした。それらの攻撃をも掻い潜って、突撃してくる民族戦線の兵士達はクレイグのAKMSが放つ七.六二ミリ弾の四点射撃が仕留め、防衛線のラインを崩さんと前線部隊の後方からB-40ロケットランチャーを次々と撃ちこんでくる敵の後方部隊には、イアンと同じように熱帯樹の枝の上に登ったイーノックのHK33SG/1から放たれる正確無比な狙撃が撃ち込まれた。
「敵の前線が崩れた!隊を二班に分け、お互いに援護しつつ、交代で後方に下がる!まずはアーヴィング、リー、クレイグ!後ろに下がれ!」
ウィリアムが隊内無線に叫んだ瞬間、空を切る甲高い音が彼らの頭上に響いた。
「迫撃砲だ!伏せろ!」
ウィリアムがそう叫び、頭を伏せたと同時に、十メートルほど左後方で82mm迫撃砲弾が炸裂し、B-40ロケットランチャーのものより更に規模の大きい爆発が地面をめくりあげた。更に一秒の間もおかずして、二発目の迫撃砲弾が地面に突き刺さると同時に着弾の爆発を巻き起こし、三発、四発目の砲弾がその後に続いた。撤退しようとするブラボー分隊の張る防衛ライン周辺に、次々と着弾する迫撃砲弾の攻撃に加え、体勢を建て直した民族戦線の兵士達、約三十人が新たに設置されたMG34汎用機関銃とSG-43重機関銃の援護のもと、AK-47や五六式自動小銃を手に突撃してくる。
「時間を稼ぐ!早く後ろに退け!」
砲撃と機銃掃射に加え、B-40ロケットランチャーによる攻撃も再開され、戦闘がより一層激しさを増す中、ウィリアムは分隊長を残して退くのに躊躇しているアーヴィングに怒鳴ると、窪地の中からM16A1を構え、四倍率スコープの視界に捉えた敵に向かって引き金を引いた。
ウィリアムの援護のもと、ストーナー63汎用機関銃を抱えて後退するアーヴィングとともに、クレイグとリーも後方に下がり、二人の中間に陣取っていたアールが援護のために、ストーナー63LMGの機銃掃射を放つ。最前線に立つウィリアム、アールの二人と民族戦線兵士達との距離は、わずか十五メートルほどにまで縮まっていた。射撃精度で圧倒的に勝っていても、人数と火力で完全に押されている…。
「大尉!少尉!援護します!下がってください!」
隊内無線に弾けたリーの声とともに、アーヴィングの機銃掃射がウィリアムの数メートル手前まで接近してきていた民族戦線の兵士達をなぎ倒し、リーのM203から放たれたグレネード弾が、熱帯樹の陰からアールを狙撃しようとしていた敵スナイパーを木の根本ごと吹き飛ばした。リー達の反撃によって敵の攻勢が弱まった隙に、アールは獣の如き俊敏さで後退し、ウィリアムも彼に続いて後退しようとしたが、窪地から体を出そうとした瞬間、すぐ目の前の足元に連続で着弾した機銃掃射の弾丸に、再び窪地の中に引き戻された。民族戦線の前線兵士達の十五メートルほど後方に設置されたMG34汎用機関銃から撃たれた機銃掃射だった。
あの機銃を潰さないと動けないか…。
身を隠した窪地の周辺に着弾する機銃掃射の衝撃を体で感じながら、ウィリアムはM16A1の銃身下に装着したM203グレネードランチャーの発射筒の中に四〇ミリ弾の装填を確かめると、機銃掃射が止んだ一瞬の隙をついて、窪地から上半身とM16だけを出して、アンダーバレルに装着したグレネードランチャーを三十メートルほど離れた距離に設置された機関銃に向かって撃とうとしたが、その瞬間、上空から響いてきた甲高い降下音に、体を再び窪地の中に引っ込めて、身を伏せた。
直後、ウィリアムが身を隠した窪地の数メートル脇、先程までアーヴィングが身を隠していた熱帯樹に迫撃砲弾が直撃し、巻き上がった泥土と木片が窪地の中に身を伏せるウィリアムに襲いかかった。爆風に顔を背け、対ショック姿勢を取ったウィリアムは隊内無線を開いて叫んだ。
「イアン!イーノック!身動きがとれない!機銃手を潰してくれ!」
「了解。もう照準を付けてます。」
姿を消した哨戒艇から、山の斜面側の敵に目標を移していたイアンのM21スナイパーライフルのスコープには、逃げ遅れたウィリアムに猛烈な機銃掃射をかけるMG34の射撃手が既に照準の十字線に頭を狙われて映っていた。コンマ一秒の後、イアンに引き金を引かれたM21狙撃銃の銃口から七.六二ミリNATO弾が吐き出され、MG34汎用機関銃に張り付いている射手と射撃補助手を連続して撃ち倒した。イアンの狙撃と同じタイミングで、イーノックも照準をつけていたSG-43重機関銃の射手に向けて狙撃弾を放ち、機関銃が全て沈黙させられたことで、一時的にウィリアムの退路が開かれた。
「機銃は無力化しました!大尉、今のうちに下がってください!」
無線にイアンの声が聞こえたと同時に、ウィリアムは窪地から飛び出し、突撃してくる兵士達にM16A1を撃ち返しながら、後方の防衛ラインへと向かって走った。その背中を狙って、更に数人の民族戦線兵士達が銃撃を加えながら追いかけてきたが、新たな防衛ラインを張るアールとアーヴィングの機銃掃射によって凪ぎ払われた。
「こいつはまずい…。」
射手に続いて、MG34とSG-43の機関部を撃ち抜き、完全に無力化したイアンは、次の目標を見つけるために、レザーウッド製スコープの視界を動かしたところで、モシン・ナガンM1891/30スナイパーライフルを構えた民族戦線の狙撃手を見つけて毒づいた。擬装もしっかりと施し、草むらに同化した狙撃手の狙いは勿論、撤退するために背中を見せているウィリアムだ。しかも、敵の狙撃手は一人ではないことにもイアンは気がついていた。
ジャングル用の擬装を施したピスヘルメットを被っている狙撃手の頭に、照準の十字線を定めると同時に引き金を引いたイアンは狙撃弾が敵スナイパーに命中したことを確かめるよりも前に、M21を構える方向を変えて、別の標的を捜索した。先ほどの狙撃手の右二十メートル、後方五メートルの位置、熱帯樹の根本に身を寄せ、ジャングルの暗闇を味方にして、狙撃スコープを着けたKar98kスナイパーライフルを構えて、ウィリアムを狙撃しようとしている別の狙撃手に次の照準を着けたイアンは先ほどの狙撃手を殺して、二秒も立たない内に引き金を引いた。
味方の援護により、背中を狙っていた敵狙撃手のスナイピングからも助けられたウィリアムは新しい防衛ラインにつき、熱帯樹の陰に身を隠すと、更に追ってきたB-40ロケットランチャーの爆発もやり過ごした後、隊内無線を開いて叫んだ。
「このまま敵の追撃戦力を削ぎ、攻勢が弱まった隙に一気に後退する!」