第四章 三話 「極東の地で」
文字数 3,178文字
敵支配地域の偵察、重要拠点に対しての破壊活動、奇襲攻撃による敵の補給路の分断など…、訓練を受けていた亜熱帯とは全く異なる極寒の冬の朝鮮半島でも、彼らは期待以上の働きをし、犠牲をほとんど出すことのないまま、大きな成果を上げていたが、国連軍の一般部隊には彼らが少年兵であることは言わずもがな、その存在すらも一部の幹部クラスの将校にしか知らされていなかった。
そして、十二月初頭に中国軍が攻勢に出て奪還された平壌に続き、年を跨いで一月四日にソウルが陥落した直後の一九五一年一月六日、朝鮮半島での任務について一ヶ月と少しばかりが経とうとしていたメイナード達に緊急の最優先任務が与えられたのだった。
中国人民義勇軍と朝鮮人民軍の猛攻を受け、撤退に撤退を重ねた国連軍の部隊が集まり、最後の砦の一つとなった木浦(モクポ)K-15空軍基地の滑走路脇では、白い吹雪が視界を覆うほどに舞い、ヨーロッパにも負けぬ寒さに体の芯まで凍らされながら、アメリカ軍第一八七空挺連隊の兵士達、三〇〇名は十列縦隊の隊形を取って、指揮官がこれからの作戦を説明するのを直立不動の姿勢で待っていた。
「くそ!アジアって、こんなに寒いのかよ。防寒剤入りのブーツごと、足が凍傷になるぞ!」
「全くだ。これなら、ロッテルダムの方がマシだったぜ。」
空挺連隊の兵士達はお互いに愚痴をこぼしていたが、彼らの隊列のすぐ左脇で整列している謎の部隊に対して話しかけるものは誰もいなかった。
「何なんだ、あいつら?正規兵には見えないが?」
「おい、あんまり見るんじゃない!あいつらとは喋るな、話すな、と言われただろ!」
「どうせ、韓国軍の寄せ集め部隊だろ。取るに足らん奴らだ…。」
話すことを禁じられた以上、空挺連隊の隊員達は自分達よりも一回りほど背丈が低く、体格も一定ではない兵士達の姿を見て、お互いの推測をぶつけ合うことしかできなかった。
「皆、またせた!これより作戦の説明を行う!よく聞いてくれ!」
部下達より十数分ほど遅れて、ようやく姿を現れた、白い髭と白髪の初老の大隊長は、もう少しで凍え死にそうだった連隊兵士達の前で作戦の説明を始めた。
「昨晩の零時、国連軍の高級士官と重要な資料を載せて、この基地に戻るはずだった輸送機が敵の攻撃にあい、水原市(スウォン市)の北東二〇キロの地点に墜落した。」
大声を張り上げた指揮官の声は拡声器を使っていなくても、集合している部隊全員に聞こえるほどだった。
「現場は険しい山々に囲まれた山中だ。付近には中国の第五〇軍と第三八軍の支援を受けた朝鮮人民軍十個大隊の精鋭、五千人が展開している。よって、迅速な救出が必要だ。」
「まさか、救出っていうのは…。」
大隊長の話を聞いていた空挺師団兵士の一人が背後の滑走路で吹雪の舞う中、離陸待機している一六機の大型輸送機を振り返って狼狽えた声を出した。
「現在、味方の第八軍が陸路からの救出を試みているが、敵の抵抗が激しく、進撃は困難だ。よって、我々が空路から現場空域に接近し、低空からの空挺降下を行って墜落地点に向かう!」
自分でも無茶な命令と分かっているのだろうが、最後は特にはっきりと言い切った大隊長の言葉に、空挺兵士達は動揺を隠せず、隣同士の者で話し始め、ざわめきが隊列の中から起こったが、その中で彼らの隣に並ぶ謎の部隊はまるでスイッチを切られた機械のように沈黙を貫いたままだった。
「こんな吹雪の中で降下するのか?」
「冗談だろ?昨日の深夜に墜落したなら、もう十時間以上経ってる!この寒さじゃ、もう凍死してるさ…。」
「大体、何で高級士官の乗った飛行機が水原市(スウォン市)なんか飛んでたんだよ…。あそこは数日前に制圧されて、今は中国軍と北朝鮮軍しか居ないはずだろう?」
平時であれば、上官に対する無礼な態度として叱責するところだが、兵士達に命を捨てさせるような無謀な作戦を強いているという自覚があってのことか、大隊長を始め、その脇に直立不動の姿勢で立っている中隊長も、その脇の小隊長達も何も言わずに、向かい合った下士官達の動揺が収まるのを待っていた。ただ一人、空挺連隊の幹部達と同列に並んだロキだけが怒りを抑えられずに体を震わしていた…。
一、二分ほど待ち、兵士達のざわめきが収まったところで、大隊長は作戦説明を続けた。
「彼らが死んだという確証はない。それに、仮に死んでいたとしても、機密資料を敵の手に渡す訳にはいかん。吹雪については、敵の視界と対空砲から我々を遮ってくれる良い壁になってくれるだろう。」
「そんな正気じゃない…。」
大隊長の言葉に、縦列の二列目にいた一人の兵士がそう呟いた瞬間、滑走路に一発の銃声が鳴り響き、兵士達は一斉に身を伏せた。
「貴様ら、国に尽くすために兵士になったんだろうが!」
銃声を敵の襲撃だと勘違いするよりも先に、基地中に鳴り響いた怒声に、基地の警備兵や輸送機の整備員までもが声の主の方を振り返った。彼らの視線の先では身を伏せた三〇〇人の空挺兵士と彼らの前で片手に握った拳銃を空に向けている大男、そして直立不動の姿勢のまま、大男の方を向いている小柄な謎の集団の姿があった。
兵士達の軟弱な態度に耐えきれず、ついに堪忍袋の尾が切れたロキが自身のコルトM1905を上空に向かって発砲したのだった。
「祖国から受けた恩恵すらも返せんのか!貴様ら臆病者は!」
怒声を張り上げたロキに対して、恐怖から怒りへと感情のスイッチをシフトした空挺兵士の数人が何かを言い返そうとしたが、その瞬間、二発目の銃声が轟き、一番最前列で反論しようとした兵士のヘルメットが吹き飛んだ。反論の口を開くこうとしていた兵士達の口は閉ざされ、宙を待ったM1ヘルメットが雪の中に落ちる音だけが、沈黙の中に奇妙に響いた。
「国のために命をかけれんというのなら、そんな腐った命は今ここで私が断ち切ってやる!」
本気で殺すつもりでいるロキの怒声と殺意をはらんだ双眸に睨まれ、勇敢な空挺連隊の兵士達でも沈黙せざるを得なかった。
「そういうことだ。困難な任務であることは確かだが、やるしかない。国のためだ!」
数秒の沈黙の後、大隊長が口を開いたと同時に、ロキは銃を下ろすと、兵士達のことを睨んだまま、四.八インチ・スライドの自動拳銃を腰のホルスターに収めた。
「現地へは私も向かう。私も君達とともに命を賭して戦う!以上だ!それでは各員、装備とパラシュートを持って輸送機に搭乗しろ!」
大隊長の号令とともに、各小隊の指揮官と曹長の命令のもとで空挺連隊の兵士達は輸送機の方へと移動を開始した。その中の一人の新兵は命令を聞いている間、全く身動きしなかった謎の部隊が先程拳銃を発砲した男の後ろについて、別の輸送機の方へと走っていくのを見て、気味が悪いな、という感想を抱いたのと同時に、彼らの中に、やけに背の低い人間が数人いるのを見て、まさか少年兵なのか…?と確信のない疑念が頭をよぎったが、
「ゲネロ!何してる!早く来い!」
と叫んだ軍曹の怒声に、これから始まる任務とその準備に意識を引き戻され、新兵の頭からは先程胸の中に抱いた謎の部隊に対する疑念は完全に消え去ってしまったのだった。