第四章 三話 「極東の地で」

文字数 3,178文字

多くの命が失われた大戦が終わって、まだ五年も経たない内に、目まぐるしく動いた世界情勢は極東アジアの地に新たな火種を生んだ。一九五〇年の六月に金日成を主導者に据える北朝鮮軍が国境線を越えて南進を開始したことで始まった朝鮮戦争は東西の境界線を決める戦いという性質もあって、当初は予想もされていなかったほどまでに、その戦闘は激しさを増した。中国が参戦した十一月の末になると、アメリカを含む国連軍にとって状況はさらに逼迫したものとなり、本来は同盟国の非戦闘地帯での破壊工作が主任務である"愛国者達の学級"までもが前線へと投入されることとなった。
敵支配地域の偵察、重要拠点に対しての破壊活動、奇襲攻撃による敵の補給路の分断など…、訓練を受けていた亜熱帯とは全く異なる極寒の冬の朝鮮半島でも、彼らは期待以上の働きをし、犠牲をほとんど出すことのないまま、大きな成果を上げていたが、国連軍の一般部隊には彼らが少年兵であることは言わずもがな、その存在すらも一部の幹部クラスの将校にしか知らされていなかった。
そして、十二月初頭に中国軍が攻勢に出て奪還された平壌に続き、年を跨いで一月四日にソウルが陥落した直後の一九五一年一月六日、朝鮮半島での任務について一ヶ月と少しばかりが経とうとしていたメイナード達に緊急の最優先任務が与えられたのだった。

中国人民義勇軍と朝鮮人民軍の猛攻を受け、撤退に撤退を重ねた国連軍の部隊が集まり、最後の砦の一つとなった木浦(モクポ)K-15空軍基地の滑走路脇では、白い吹雪が視界を覆うほどに舞い、ヨーロッパにも負けぬ寒さに体の芯まで凍らされながら、アメリカ軍第一八七空挺連隊の兵士達、三〇〇名は十列縦隊の隊形を取って、指揮官がこれからの作戦を説明するのを直立不動の姿勢で待っていた。
「くそ!アジアって、こんなに寒いのかよ。防寒剤入りのブーツごと、足が凍傷になるぞ!」
「全くだ。これなら、ロッテルダムの方がマシだったぜ。」
空挺連隊の兵士達はお互いに愚痴をこぼしていたが、彼らの隊列のすぐ左脇で整列している謎の部隊に対して話しかけるものは誰もいなかった。
「何なんだ、あいつら?正規兵には見えないが?」
「おい、あんまり見るんじゃない!あいつらとは喋るな、話すな、と言われただろ!」
「どうせ、韓国軍の寄せ集め部隊だろ。取るに足らん奴らだ…。」
話すことを禁じられた以上、空挺連隊の隊員達は自分達よりも一回りほど背丈が低く、体格も一定ではない兵士達の姿を見て、お互いの推測をぶつけ合うことしかできなかった。
「皆、またせた!これより作戦の説明を行う!よく聞いてくれ!」
部下達より十数分ほど遅れて、ようやく姿を現れた、白い髭と白髪の初老の大隊長は、もう少しで凍え死にそうだった連隊兵士達の前で作戦の説明を始めた。
「昨晩の零時、国連軍の高級士官と重要な資料を載せて、この基地に戻るはずだった輸送機が敵の攻撃にあい、水原市(スウォン市)の北東二〇キロの地点に墜落した。」
大声を張り上げた指揮官の声は拡声器を使っていなくても、集合している部隊全員に聞こえるほどだった。
「現場は険しい山々に囲まれた山中だ。付近には中国の第五〇軍と第三八軍の支援を受けた朝鮮人民軍十個大隊の精鋭、五千人が展開している。よって、迅速な救出が必要だ。」
「まさか、救出っていうのは…。」
大隊長の話を聞いていた空挺師団兵士の一人が背後の滑走路で吹雪の舞う中、離陸待機している一六機の大型輸送機を振り返って狼狽えた声を出した。
「現在、味方の第八軍が陸路からの救出を試みているが、敵の抵抗が激しく、進撃は困難だ。よって、我々が空路から現場空域に接近し、低空からの空挺降下を行って墜落地点に向かう!」
自分でも無茶な命令と分かっているのだろうが、最後は特にはっきりと言い切った大隊長の言葉に、空挺兵士達は動揺を隠せず、隣同士の者で話し始め、ざわめきが隊列の中から起こったが、その中で彼らの隣に並ぶ謎の部隊はまるでスイッチを切られた機械のように沈黙を貫いたままだった。
「こんな吹雪の中で降下するのか?」
「冗談だろ?昨日の深夜に墜落したなら、もう十時間以上経ってる!この寒さじゃ、もう凍死してるさ…。」
「大体、何で高級士官の乗った飛行機が水原市(スウォン市)なんか飛んでたんだよ…。あそこは数日前に制圧されて、今は中国軍と北朝鮮軍しか居ないはずだろう?」
平時であれば、上官に対する無礼な態度として叱責するところだが、兵士達に命を捨てさせるような無謀な作戦を強いているという自覚があってのことか、大隊長を始め、その脇に直立不動の姿勢で立っている中隊長も、その脇の小隊長達も何も言わずに、向かい合った下士官達の動揺が収まるのを待っていた。ただ一人、空挺連隊の幹部達と同列に並んだロキだけが怒りを抑えられずに体を震わしていた…。
一、二分ほど待ち、兵士達のざわめきが収まったところで、大隊長は作戦説明を続けた。
「彼らが死んだという確証はない。それに、仮に死んでいたとしても、機密資料を敵の手に渡す訳にはいかん。吹雪については、敵の視界と対空砲から我々を遮ってくれる良い壁になってくれるだろう。」
「そんな正気じゃない…。」
大隊長の言葉に、縦列の二列目にいた一人の兵士がそう呟いた瞬間、滑走路に一発の銃声が鳴り響き、兵士達は一斉に身を伏せた。
「貴様ら、国に尽くすために兵士になったんだろうが!」
銃声を敵の襲撃だと勘違いするよりも先に、基地中に鳴り響いた怒声に、基地の警備兵や輸送機の整備員までもが声の主の方を振り返った。彼らの視線の先では身を伏せた三〇〇人の空挺兵士と彼らの前で片手に握った拳銃を空に向けている大男、そして直立不動の姿勢のまま、大男の方を向いている小柄な謎の集団の姿があった。
兵士達の軟弱な態度に耐えきれず、ついに堪忍袋の尾が切れたロキが自身のコルトM1905を上空に向かって発砲したのだった。
「祖国から受けた恩恵すらも返せんのか!貴様ら臆病者は!」
怒声を張り上げたロキに対して、恐怖から怒りへと感情のスイッチをシフトした空挺兵士の数人が何かを言い返そうとしたが、その瞬間、二発目の銃声が轟き、一番最前列で反論しようとした兵士のヘルメットが吹き飛んだ。反論の口を開くこうとしていた兵士達の口は閉ざされ、宙を待ったM1ヘルメットが雪の中に落ちる音だけが、沈黙の中に奇妙に響いた。
「国のために命をかけれんというのなら、そんな腐った命は今ここで私が断ち切ってやる!」
本気で殺すつもりでいるロキの怒声と殺意をはらんだ双眸に睨まれ、勇敢な空挺連隊の兵士達でも沈黙せざるを得なかった。
「そういうことだ。困難な任務であることは確かだが、やるしかない。国のためだ!」
数秒の沈黙の後、大隊長が口を開いたと同時に、ロキは銃を下ろすと、兵士達のことを睨んだまま、四.八インチ・スライドの自動拳銃を腰のホルスターに収めた。
「現地へは私も向かう。私も君達とともに命を賭して戦う!以上だ!それでは各員、装備とパラシュートを持って輸送機に搭乗しろ!」
大隊長の号令とともに、各小隊の指揮官と曹長の命令のもとで空挺連隊の兵士達は輸送機の方へと移動を開始した。その中の一人の新兵は命令を聞いている間、全く身動きしなかった謎の部隊が先程拳銃を発砲した男の後ろについて、別の輸送機の方へと走っていくのを見て、気味が悪いな、という感想を抱いたのと同時に、彼らの中に、やけに背の低い人間が数人いるのを見て、まさか少年兵なのか…?と確信のない疑念が頭をよぎったが、
「ゲネロ!何してる!早く来い!」
と叫んだ軍曹の怒声に、これから始まる任務とその準備に意識を引き戻され、新兵の頭からは先程胸の中に抱いた謎の部隊に対する疑念は完全に消え去ってしまったのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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