第四章 十六話 「悪魔の発明」
文字数 3,300文字
金属容器の中から取り出した、青白い光を放つガラス筒を四人の兵士達に見せながら自分が開発した物質の説明を続けるユーリだったが、戦闘技術や兵器のことならば未だしも、専門的な科学技術のことに関しては全く知識のないアール達はユーリの話を全く理解できていなかった。
「他のところって何だよ?そもそも、何でこいつは新しい物質の、その何とかって言えるんだよ?」
半ば怒鳴るような声を出したリーに深いため息を一つ吐いたリーは四人の顔を見返すと、要約して説明を始めた。
「そうだな…、専門的な話は難しくなるから、君達にも理解できるように説明するなら、まず一点は無生物でありながら生物の性質を備えている点だ。」
「無生物なのに生物?何言ってるか、さっぱり分からんぜ、科学者さんよぉ。」
不機嫌さをはっきりと表しているリー以外の三人もやはり全く理解できないといった様子だった。難解な理論を考えることには長けていても、それを素人に教えることには慣れていないユーリは唸りながら頭をかくと、なかなか理解してもらえない苛立ちを大きな溜め息に変えながら説明を続けた。
「こいつは他の原子に取り付いて、自分自身が持つ性質を植え付けることができるんだ。」
「おい!人間の体にも寄生したりするんじゃないだろうな!止めろよ、そんな物!そこから出すなよ!」
先程までの不機嫌さを吹き飛ばし、後ろに仰け反るようにして喚いたリーに、ユーリはゆっくりと首を横に振って続けた。
「人間に寄生したりはしない。それに人体への影響がないことは実験でちゃんと確かめられている。」
断言したユーリに今度はアールが問うた。
「だが、そんな変わった物質、どこから見つけてきたんだ?」
予想していた質問だという風に深く頷いたユーリは相対する四人の顔ではない一点を見つめて、遠い過去を思い出すような表情で説明を始めた。
「1970年の9月12日、月の表面探査から帰還したルナ16号が持ち帰った岩石標本からイリヤ・ポモシュニコフが分離したんだ…。」
「イリヤ・ポモシュニコフ…、あの生物学者か!」
作戦要項に記されていたイリヤ・ポモシュニコフの名前と記録写真を瞬時に思い出したアールが思わず驚きの声を上げるのを聞いたユーリは静かに頷いた。
「彼も僕と一緒に本国から連れ出されて、あの軍事顧問団基地に匿われていたんだ。」
「だけど、自殺しちまったんだろう?」
リーの言葉に、目の前で小型拳銃を使って自害したイリヤの最期を思い出したユーリは足下を俯くと、震える声を出した。
「無理はないさ…、僕もこんなものを作ってしまったことを後悔している…。」
何かしらの罪悪感に苛まれているのか、膝の上で丸めた両手に力を込めて俯いているユーリに深いため息を一つ吐いたアールは問いかけた。
「お前の気持ちを全て理解することはできないが、そろそろその"厄介な物質"が持つ二つ目の性質について話してくれないか?」
アールの言葉に俯いていた顔をゆっくりと上げたユーリは静かに頷くと、再び説明を始めた。
「こいつの二つの目の性質は…。」
そこまで言って自分のことを見つめる四人の兵士達の顔を見返したユーリは残りを続けた。
「こいつは半径数メートルの核分裂を完全に抑制することができるんだ…。」
「まさか…、その性質を取り付いた他の原子にも移すことができるということは…!」
「何なんだよ…!」
ユーリの説明を聞いて何かを感づいたイーノックに、依然としていまいち理解できていないリーが振り返って聞いたが、答えはユーリが代わりに言った。
「もし、この"サブスタンスX"を封印している電磁波の壁を、この容器を僕が破壊して、この原子をこの世界に放ったとすれば、世界中で核分裂を行うことが不可能になる…。」
想像もしていなかった自分達の任務の秘密に知らされたブラボー分隊の四人の間には数秒の間、沈黙が流れたが、
「つまり…、核兵器が使えなくなる…。」
と震える声を出したアールがその沈黙を破った。
「それだけじゃない。原子力発電や原子炉を動力に動いている設備も使用不能になる…。"サブスタンスX"が世界に放たれれば、人類は今ある主力エネルギーの一つを永遠に手放すことになる…。」
重たい口調で付け加えたユーリは生唾を一つ飲み下すと、さらに続けた。
「モスクワはこの発明が人類にはまだ早過ぎるものだとして全ての記録の抹消と研究者の抹殺を命じた。僕は協力者の力を得て、モスクワの力の及ぼない、あの軍事顧問団基地まで逃げてきた。だけど、そこに君達がやってきた…。それが君達の任務の全てだよ…。」
「だが、ソ連やアメリカの首脳部の動きを知る組織がその発明の力を手に入れたくて、俺達に任務をさせた訳か…。どうりで…。」
軍事顧問団基地を襲撃した際に、敵の監視体制のシフトや警戒の穴まで、内部の者しか知らない情報が機密作戦資料に詳細に記されていて奇妙に感じたことを思い出したアールは舌打ちをついた。
この作戦には東西の壁を越えるような強力な組織が関わっている…。
想像もできない世界の深い闇に巻き込まれてしまったことを悟ったブラボー分隊の隊員達の背筋は凍っていた。
「僕達は…、生きて帰れるのでしょうか…。」
微かに震えながらイーノックが掠れるような声で絞り出した問いに答える者はいなかった。
それと全く同じ時間、地球の反対側にあるアメリカ合衆国首都ワシントンのナショナル・モールではリンカーン記念館の正面階段の途中に座り、春の青空を反射するリフレクティング・プールとその先に聳え立つワシントン記念塔を染み染みと眺めていた老人が自分自身の過去の過ちを省みながら、同胞が待ち合わせにやって来るのを待っていた。
マンハッタン計画…、原子爆弾…。かつては正義だと信じて疑わず、その開発に多額の出資を出したユダヤ人の高齢議員は晩年を迎えるにつれて、不思議な後悔に苛まれるのだったが、それでも彼には今まで以上の後悔を抱えてでもやり遂げなければならないことがあった。
「モージズ議員…!遅くなりました…!」
自分の名前を呼びながら階段を登ってくるスーツ姿の男に名前を呼ばれた老人、ファーディナンド・モージズは過去の解雇から我に返ると、男に向かって手を振った。茶髪の髪を七三分けにしたDARPA局長補佐のリアム・エクランドは黒色のスーツに身を包んだ大柄の男達によるボディーチェックを受けると、モージズの側に歩み寄ってきた。
「メイナードが謀反を起こし、単独で行動を起こしていることを"シンボル"の首脳会議も認めました。」
老議員の隣に座ったリアムは革鞄の中から機密扱いの判を押された書類を取り出すと、モージズに手渡した。
「例の物質は取り戻せそうか?」
老いを感じさせない、しっかりとした口調で問うたモージズの言葉にリアムは頷いた。
「首脳会議は何としても取り戻すつもりです。既にメイナードはリロイ・カーヴァーとCIAの部隊が拘束していますし、例の物質を現在手にしているウィリアム大尉のブラボー分隊に関しては、ソ連の同胞からの手引きで北ベトナムの第一八三機械化歩兵師団を投入し、ブラボー分隊を匿うベトナム共和国陸軍(南ベトナム陸軍)ごと殲滅、"物質"を奪還する作戦を既に進めています。」
「大統領には気づかれていないか?モスクワの方も組織以外のメンバーによる妨害は…?」
「ありません。もし感づいたとしても、我々の行動を邪魔する手段はありません。それと、作戦終了後についてですが、回収した物質に関しては我々以外の人間には手の触れることの出来ない場所に厳重に保管する予定です…。」
「表向きには、あの物質が人類の歴史から完全に消え去ったように見せるんだぞ…。」
念押しに深く頷いたリアムの反応を確認したモージズは再び、ワシントン記念塔のそびえ立つ正面を向くと、その先の青空に過去以上の後悔を背負ってでも実現させたい自身の願望を映し出して独り言ちた。
「あれはどうあっても我々の世界政府樹立に必要不可欠なものなのだ…。」