第四章 二十話 「本当の正義を求めて」

文字数 5,047文字

「一体、何なんだ!」
「どこの部隊だ!あれは!」
突然、参謀室代わりのテントの外から鳴り響いてきた轟音とヘリコプターのローター音に敵襲の恐怖さえ感じながら外へ飛び出したNLF(南ベトナム解放民族戦線)の幹部達は指揮所を張った陣地の周囲に見慣れない戦車や装甲車両の数々が集合し、歩哨の兵士達を動揺させているのを目撃して、口々に当惑した声を漏らしたが、全ての事態を把握している総指揮官のブイ・バ・チェットだけは整然とした表情のまま、両手を腰の後ろに組んだ状態で、前方の闇夜の中から接近してくる三つのサーチライトの照明を見つめていた。
「内密にせよとの上からの命令ゆえ、皆には伝えていなかった。すまない。彼らが我々の作戦の支援者だ。」
背後で呆然として突っ立っている副官達を振り返り、詫びと説明を済ませたブイの眼前に、上空を飛んでいたヘリの内の一機が急降下してきて、地面の低草の葉をダウンウォッシュの強風で押し倒しながら着地した。
「やぁ、久しぶりだな!チェット!」
円球状の形をした小型偵察ヘリコプターOH-6のハッチを開け、副操縦士席から降り立った小太りの男はヘリのローター音の騒音の中でも、はっきりと聞きとれる大声を上げるとブイの方に向かって手を振った。ブイが片手を上げ、返答する間に頭を低くして民族戦線の幹部達の方へ駆け寄ってきた小太りの男はブイの前に立つと、両足の踵を揃えて端然とした敬礼をした。
「ベトナム人民軍第一八三機械化歩兵旅団、総指揮官の阮公簡(グエン・コン・ジャン)少将、ただいま到着致した。」
男の名前と階級を聞き、呆然としていた幹部達が慌てて姿勢を整え敬礼をした後、ブイが面と向かった協力者の指揮官に敬礼をしたが、ベトナム人民軍の少将を名乗った男はすぐに姿勢を崩して笑みを浮かべると、ブイの肩を優しく叩いて親密気に話を始めた。
「いや、我々の間にはこんな堅苦しくて杓子定規な礼儀作法なんか要らないだろう。」
「それもそうかもしれないが…、まぁ、部下の手前もあるからな…。それにしても、君とはケサン攻略戦以来だな…。」
ブイとにこやかに肩を抱き合って話をする小太りの北ベトナム軍高官の姿に、幹部達の一番後ろに立っていたファンは隣に立つベルに問うた。
「あの人民軍の司令官、うちの隊長と一体どういった関係なんです?」
「旧友なんだろう。同じ村の出身だとも聞くが…。俺も二人の過去についてはあまり良く知らん。ただ、NLFで大佐の地位にまで上り詰めた後、ケサンの戦いでの活躍で、その才能を見込まれて北に引き抜かれたことだけは確かだ。」
「じゃあ、あの将軍は…!」
驚いた声で聞き返したファンにベルは二人の司令官の方を見つめたまま頷いた。
「そうだ。あの人も元はブイ上佐と同じく、境界線よりも南側の出身だ。」
ファンがベルの話を聞いてあれこれと想像を巡らす中、民族戦線の高級幹部達との挨拶を終えたグエンはブイの肩に手を回しながら陣地の一角に集合している車両群の方に歩き始めた。よく見てみると、集合した戦車や装甲車の車体の脇にはベトナム人民軍の軍旗が彩られ、その脇には部隊名を記す文字も描かれている。
「お前が要請した戦力、きっちりと用意させてもらった。後は任せてくれ。」
「ああ…、そのことだが是非、我々の指揮所で私の部下達にも話をしてやってくれ。」
肩を抱く旧友を指揮所の方に案内しようとしたブイだったが、グエンは彼の肩を抱いたまま陽気な声で制した。
「いや、指揮所はこっちで用意してある。最新式のやつをな。」
そう言って、グエンが誘う先には一両の8輪式装甲兵員輸送車がブイ達に車体後部を向ける形で待機していた。開かれた後方ハッチからは内部に搭載された電子機器類が放つ色とりどりの光が見える。
「チェコスロバキア製水陸両用APC、改造して通信機も搭載してある。」
グエンが指差したOT-64指揮装甲車の脇では着陸した二機のUH-1イロコイから飛び出した二十人ほどのベトナム人民軍兵士達が指揮車両の後ろにさらに増設する指揮テントの資材を運搬しているところだった。その向こう側、陣地の空き地と林の境界付近を五九式戦車やPT-76を始めとする多数の戦闘車両が数百人の歩兵を伴って、敵の立て籠もる国境沿いのクメール寺院へと向かって前進する姿を呆然と見つめていたブイに、旧友の肩を叩いたグエンは自信に満ちた蔓延の笑みを月光の光に反射させて言った。
「安心しろ。お前を失望させはせん。」

1960年、アフリカの年と後に呼ばれる、多くのアフリカ諸国が独立を勝ち得た年までアフリカ大陸では多くの血が流れたが、それはアルジェリアも同様であった。新たに見つけた己の正義と命を救われた恩に報いるため、再び銃を手に取ったドイツ人の青年はアルジェリアが独立するまでイブラヒの仲間達とともにモロッコ、チュニジアと国境を越えて戦い続けた。そして、1962年のある日、彼の戦いもついに終わる時が来た。国民投票によって、アルジェリア民族解放戦線の創設者であるベン・ベラが大統領に就任したのだった。国際社会からの批判もあり、フランスは戦力の一部を本国へと既に撤退させつつあった。
「ようやく成し遂げた…。お前のお陰だ。お前が居てくれなかったら我ら民族の勝利はなかった。ともに祝杯をあげよう。」
独立戦争の勝利を聞き、いつもは冷静なイブラヒがその日の夜はとても上機嫌に話しかけてきた。彼の手にはイスラム教で禁止された酒の代わりに原産品の柑橘系果汁のボトルが握られていたが、青年にはまだ済ませなければならないことが残っていた。
「先に羊の世話を済ませてくるよ。」
そう言い残して、日干しレンガの住居から外に出た青年の右手にはボルトアクションライフルのKar98k、左手には親衛隊の制服が握られていた。この七年余りの間、蘇った"アルジェの鷹"として、フランス軍兵士達を震え上がらせてきた彼には全ての戦いが終わった今こそ、最後に成さねばならないことがあった。かつての戦いとは違い、明確な正義、明確な目的、そして明確な倫理をもって挑んだ今回の戦いだったが、それでも数え切れないほどの人命が自分の手によって失われ、数多くの悲しみが引き金を引くこの手によって作り上げられてきた。青年は終戦よりも前から、この戦いの終わりとともに呪うべきでもある自分自身の才能と決別する心づもりだった。
夜になり、暗くなると同時に昼間では考えられないほど冷え込んだ砂漠で分解して破壊したKar98kライフルがナチスの制服とともに燃え上がる橙赤色の炎を、青年は贖罪の念とともに虚ろな目で見つめ続けていた。
過去の誤ちとこれから自分が生きていく未来のこと…、そんなことについて考えている内に一時間ほどが経ってしまい、そろそろイブラヒ達も心配しているところだろうから帰ろうか、と青年が腰を上げた瞬間だった。聞いたことのあるジェットエンジンの重低音に反射的に身を低くした青年の視線の先集落がその先にある、小高く盛り上がった丘の向こう側に大きな火柱が立ち昇ったのだった。
爆撃…?まだ、戦争は終わっていなかったのか…?
色々な疑念が頭を巡った直後、青年の体は地面を伝わってきた衝撃波と空気の壁となって襲ってきた爆風によって、地面の上を転がされた。
どのくらいの間、気絶していたのか、恐らくはそれほど長い時間ではないが、青年はぼやけた視界の中に燃え上がる集落の火の手を背にして近づいてくる足音に気が付き、反射的に体を持ち上げようとしたが、
「動くな。」
と言った低い男の声に制されて、中腰のまま動きを止めた。男の声には不思議な響きがあった。抵抗しようと思えば、青年にはできたが、男の声に麻酔をかけられたかのようにして青年はかなしばりにあってしまったのだった。
「危害を加えるつもりはない。ただ、忘れ物を渡しに来ただけだ…。」
夜の闇よりも暗い影をまとった男は青年の前に小さな金属の塊を差し出した。
ワルサーPPK…。
ライフルとともに処分しようと思ったが、何かの時のために青年が村に残してきたものだった。
「もしかして、お前が…!」
村を焼いたのはこの男だ…、確信とともに憎しみの視線を向けた青年の目には自分よりも若いのではないか、と思える白人の顔が目に入ったが、その双眸に宿る底深い闇とその闇の中で奇妙に煌々と光る揺るぎない正義に気圧された青年は反射的に目を伏せた。
「いかにも…。」
その言葉とともに青年の視線の先にガラス製のボトルが叩きつけられ、中に入っていた柑橘系果汁飲料が飛び散った。それは青年が村を出る前にイブラヒが勧めてきたものだった。それを見てさらに沸々と怒りの湧き上がった青年だったが、微かに漂う異臭に気がついて地面に撒かれた液体に顔を近づけた。
「飲むなよ。毒入りだぞ…。」
頭上からかけられた声に顔を上げた青年に、砂漠には場違いな黒いスーツを着込んだ白人の男は低い声で問うた。
「君は何故、あの男が君を助けたか知っているか…?」
青年には全く分からなかった謎、だが、男の視線の底深い闇を見つめた瞬間、思いつきもしなかった一つの真実が思い浮かび、微かに動揺した青年を見下ろして白人の男は頬を歪めた。
「復讐だよ…。家族を殺した君に対するな…。」
「家族…、俺が?彼の家族を殺した?」
信じられない、いや認めたくないといった目で見上げる青年に男は冷徹なまでに真実を語り続けた。
「そうだ…。君が殺したんだ…、十年前に。連合国軍に協力していた彼の家族をな。そして、同じく十年前に連合国軍と協力して君を罠に嵌め込んだのも彼だ。そして、彼は瀕死のお前を見つけ、止めを刺そうとした。だが、そこで考えついたんだ…。」
もう、青年には言い返す気力も反抗する力もなかった。力無く目の前の男を見上げる青年の白い顔を夜空に奇妙に大きく輝く月光の青白い光が照らし出していた。
「ここで君を殺し、楽にするよりはこの苦しみに満ちた世界で君を生かし続け、自分達民族のために利用しようとな…。そして目的の達成と同時に自分自身とともに君を葬るつもりだった。そのワインもどきでな…。」
男の言葉に青年は毒入り飲料の広がる地面を見下ろして呆然とする他無かった。新たに見つけ、守るべきだと思ったもの、信じた正義がまたしても根本から偽物だったかもしれないという疑惑が彼の胸の中を占め、男の言葉すらも頭の中に入っていなかったが、それでも男は続けた。
「本当に正しい正義とは得難いものだ。そもそも人の命を大切な正義などというものはあるのか?戦争で人を殺めることを正当化できるような正義が本当にあるのか?君は今、迷っているだろう…。」
自分自身の胸中を見通した男の言葉に思わず顔を上げた青年の額にワルサーPPKの冷たい銃口が突き付けられた。
「今、君自身が選べ。この苦しみに満ちた世界で私とともに真の正義を探すか、それとも今日焚き火の中で消えていった君の正義とともに心中するか!」
背後で既に燃え尽きたナチスの制服を一瞥した青年は突きつけられた銃口を見た。その先に見える男の双眸には先程と同じ深い闇が映っていた。だが、その中に紛れもない正義、国家や上官などという一時の正義とは違う、強力な絶対的な正義の光を見た青年は男の顔を見返したまま、突き付けられたワルサーPPKのグリップにゆっくりと手を伸ばした。青年がどちらの道を取るのか、そのことさえも見通していたのか、男の手は抵抗することなく握った小型拳銃を青年に手渡した。
「おめでとう…。今日が君の新しい冒険の出発日だ…。正義という秘宝を探す旅のな…。」
目は笑っていないものの、微笑みながら背後の燃え上がる村を振り返った男は続けた。
「私の名前はエルヴィン・メイナード…、かの大国で特殊部隊殺しの仕事をしている。だが、私は国のために仕事をしている訳ではない…、私の正義は…。」
そこまで言った所で振り返った男の、爆炎に照らされた顔を青年は十年以上が経った今でもはっきりと覚えている。
「私とともに戦っていく中で君も見つけることができるだろう…。」
その言葉を聞いた青年はその一年後には狙撃用の隠し穴が開けられた四輪車のトランクの中からアメリカ大統領の頭蓋をスコープの十字線の中に狙っていた。
「OK、グリーン・ライト。射撃許可だ、撃て。イアン・バトラー…。」
通信機から聞こえてきた男の声に従い、新たな名を得た青年はカルカノM1938ライフルの重い引き金を引き切ったのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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