第三章 十九話 「キルゾーン」
文字数 2,446文字
「全員、下車!」
各隊長の怒声とともに、停車したトラックから飛び降りた民族戦線兵士達はジャングルを前に無駄のない動きで、それぞれの分隊に分かれて整列した。
「先遣分隊、前へ!前進!」
部隊の整列を確認した小隊長が怒声を上げると、七〇人ほどの小隊の内、二十五人の先遣隊が本隊に先んじて、火薬の香りが漂ってくるジャングルの中へと横一列に並んで前進して行った。
木の幹には、まだできたばかりの弾跡が残り、地面のあちこちではロケットランチャーや迫撃砲が穿った地面の穴から白い硝煙がわずかにたなびいている。つい先ほどまで戦場だったジャングルに頭を低くし、藪と硝煙を隠れ蓑にするようにして舞い戻ったクレイグは戦いの準備を始めていた。まず最初に待ち伏せを張るのに必要な周辺地形の把握のためにジャングルの中を走り回った彼は、その途中で仕掛けられたトラップの位置を覚え、それと同時に民族戦線が味方にその存在を警告する目印を消し去った。彼が確認したのはトラップの位置だけではなかった。先程まで彼らが戦場にしていたジャングルの地面の下には放棄された民族戦線の地下トンネルが張り巡らされており、彼はその出入り口とそれらの内部での繋がりも確認していた。地下トンネルが放棄されてはいる現在も、その入り口は巧妙に擬装され、ジャングルの景色の一部として溶け込んでいたが、野戦の経験が豊富で自然との関わりも深いクレイグからすれば、例え巧妙に擬装を施されていたとしても、人の手を加えたものはトラップもトンネルの入り口も全て丸見えだった。
時折、立ち止まっては周辺の地形やトラップの位置、数あるトンネルの入り口とそれぞれの地中での繋がりの位置関係をすべて頭に叩き込んだクレイグは、それが終わると今度は先ほどの戦闘から敵が進行してくるであろう方向を考え、どのトラップをどの順番で使って戦うかの戦闘計画を立てた。持ってきた爆弾も地雷も底をつき、待ち伏せの頼りになるのは敵地に落ちている武器だけで、現場での高い対応能力が求められる状況だったが、奇襲の計画を頭の中に描いたクレイグは不足している武器と弾薬の補給のためにジャングルのキルゾーンの中へと再び飛び込んだ。
先程まで激戦の現場だったジャングルには、無数に転がる死体とともに、まだ体温が残っていたり、息がある民族戦線兵士も倒れていたが、クレイグは彼らの傍らに転がる武器の中から、AK-47やSKS カービン、弾倉から手榴弾にいたるまで使えそうな武器を回収していった。武器の回収と同時にトラップの設営と予備の武器をそれぞれの配置につかせたクレイグの事前工作によって、先程まで死体が転がるだけだったジャングルは三十分もかからない内に危険なトラップゾーンへと姿を変えた。
全ての作業を終え、傍らの熱帯樹の一本に登ったクレイグは目の前に広がる、自分が戦場として選んだジャングルとその先にいるであろう敵の姿を睨んだ。死んでいた民族戦線の将校から奪った単眼鏡を使っても、敵の姿はまだ見えず、拡大された視界に入るのは鬱蒼と茂ったジャングルの草木とその中を走り回る小動物だけだったが、それでもクレイグの"感"は視界の向こうにいる敵の存在を感じ取っていた。
警戒の目を周囲に張り巡らせながら、殺意の固まりとなった集団がゆっくりとこちらに近づいてくる。人数は六〇人、いや七〇人だ。おおよそ一個小隊規模、そのうちの半分が五人一組となって小隊前面に扇状に展開し、その後ろ百メートルに残りの五〇人が続いて前進して来ているようだった。
準備は整っている。あとは進行方向の僅かにずれている敵をこちらに誘い込むだけだ…。
これから始まる過酷な戦いとその中で暴きだされるであろう自分の残虐性に微かに震えたクレイグは大きな吐息を一つ吐いた後、右手に握った地雷の起爆装置を持ち上げると、そのスイッチを押した。起爆スイッチから送られた電気信号がジャングルの湿った草木の下を這うようにして敷かれた防水製のコードの中を秒速一六〇〇キロメートルという速度で伝わり、三〇メートル離れた地面に埋め込まれたクレイモア対人地雷に入り込むと、その内部に組み込まれた爆破装置を作動させた。指向性対人地雷の炸裂が埋め込まれていた周囲の地面を撒き散らすと同時に、静寂に包まれていたジャングルに鼓膜を震わす爆発音が轟き、地面を伝わった震動が草木を揺らし、死肉を貪ろうと集まってきていた動物達は一斉に逃げ出した。
その爆発音と震動は数百メートル離れた場所に展開していた民族戦線の偵察部隊にも聞こえており、各班ごとに無線機を所持していた先遣部隊の五班は後方に控える本隊と指揮本部の双方と無線で連絡を取り合いながら隊形を整えると、爆発の音がしたと思われる方向へ前進方向を変更した。
上方にも背の高い熱帯植物が生い茂り、視界を遮っているジャングルのせいで、爆発が巻き上げた噴煙は民族戦線部隊の位置からは観察できなかったが、そんなジャングルの中でも彼らに自分の位置がはっきりと伝わるよう、クレイグはさらに次の手を打った。敵の追撃部隊が地雷の爆発に食いついたのを感知すると同時に、最初のアクションポイントに移動した彼は茂みの中に隠していたAN-M18発煙手榴弾を手に取ると、円筒状のグレネードの上面に取り付けられた安全ピンを取り外し、数メートル離れた草木の中に投げ込んだ。一拍遅れて、濃緑色の茂みの中から軽い破裂音とともに、暗赤色のスモークが立ち上ぼり、光の閉ざされたジャングルの中を民族戦線が展開する方向へと風に流されて、ゆっくりと漂い始めた。発煙弾が予定通りの効果を発揮するのを確認したクレイグは茂みの中を動物のごとく俊敏な動きで走り、最初の待ち伏せポイントへと移動した。