第二章 三話 「装備」
文字数 3,151文字
皆、目の前の作業に集中しているためか、ほとんど喋らず、黙々と作業を続ける隊員たちを包むのは、銃器をチェックする作業音とすぐ脇でUH-60の整備をする機械音、そして熱帯の暑さだけだった。
ウィリアムも隊員たちの動きに多少の注意は払いつつも、その集中のほとんどは手元のM16A1に向いていた。機関部の整備を終え、テイクダウンしていたレシーバーを元に戻し、マグウェルに空の三十発STANAGマガジンを挿し込むと、弾倉がしっかりと固定されているのを確かめて、マガジンリリースボタンを押し、弾倉を抜く。何でもない動作をしているようだが、手元のM16に向けられた目、銃を握った両手から伝わってくる感覚、各所を動かすと聞こえてくる部品の擦れる音、全てに神経を張り巡らせていた。どこか異常なところがないか、自分の銃は自分で精査する。もし、孤立した敵地で銃が作動不能を起こせば、命の危機は免れない。銃が壊れたからといって、目の前の敵は手加減してくれないのだから…。
もう既に六回繰り返したマガジンの抜き差しで微かに弾倉の動きが渋いように感じたが、許容範囲内だと判断したウィリアムは、今度は弾倉を挿したまま、コッキング・レバーを引いて、M16を足元に向けて構えると引き金を引いた。パシッ、という撃鉄の落ちる軽い金属音がして、両手に微かな振動が伝わる。まだ、実弾は一発も撃っていないため、確信はできないが、大きな問題はないと思った。
アンダーバレルに装着したM203グレネードランチャーのアルミニウム製銃身も前後に何度かスライドさせ、動きに異常のないことを確かめると、弾倉を抜いて、M16を机の上に置き、今度はコルト・ガバメントの分解整備に取りかかったウィリアムの前ではジョシュアがXM177E2のアッパーレシーバーをテイクダウンし、機関部に油をさしている。その隣、クレイグとアーヴィングを挟んで右隣ではトム・リー・ミンクが新しく支給された新型の暗視ゴーグルを頭につけて、動作を確認し、その鮮明な画像に歓喜の声をあげていた。
「おい、アーヴィング、こいつ凄いぞ!不可視光も感知するから、光がないところでも使えるんだぞ!」
「そりゃ、良いな。お前の良く喋る喉元も綺麗に見えるということか…。」
ストーナー63の整備をしながら返答したアーヴィングの声は冷たいものだったが、リーは全く気にしていなかった。
「いや~、これは本当にすごい…。バッテリーの持ちも相当らしいぞ…。」
暗視ゴーグルを外し、嬉しそうな声をあげたリーに、もはや返事をしなかったアーヴィングの隣でクレイグも同型の暗視ゴーグルを手に取り、スイッチをつけて、中を覗いてみたりしたが、結局興味なさげに机の上に戻してしまった。その様をアーヴィングを挟んで見ていたリーがすかさず食いつく。
「おい!あんた、昼のミーティングの話、聞いてなかったかのか!」
今にも掴みかかりそうな勢いでクレイグに詰め寄ったリーを、「おい!」とアーヴィングが叱責し、その肩を掴んだが、リーの苛立ちは収まらなかった。
「あんた、SEALsだか、三等准尉だか知らんが、勝手なことして、向こうで俺達に迷惑かけるようなら、メコン・デルタの湿地に埋めちまうぞ…ッ!」
「おい、リー…!」
上官に突っかかる同僚に青ざめるアーヴィングだったが、クレイグの方は顔色一つ変えず、手元の装備の準備に集中したままだった。
「夜目を鈍らせたくないんです。大丈夫。迷惑は御掛けしません。」
「だから何で敬語なんだよ…。」
舌打ちをついたリーを机の反対側でストーナー63LMGの整備をしていたアールが一瞥したが、特に何も言うことはなく、すぐに手元の機関銃に視線を戻してしまった。
「なんじゃ、それ?」
リーは自分のことを完全に意識から遮断している新入りの三等准尉が見慣れない黒色の金属の棒をクリーニングクロスで磨いているのを指差して、若干の苛立ちを残した声で問うた。
「Combat Crossbow Gun…、分解組立式のクロスボウガンです…。」
完全に分解され、完成形を全く想像できないようなクロスボウガンの部品をオイルで濡らしたクリーニングクロスで拭きながら、クレイグが答えた。
「そんなもんで本当に人が殺れんのかよ…。いいか、ジャングルでの隠密作戦にはなぁ、このOSSピストルが最強なんだよ!」
そう言いながら、自分の作業場に戻ったリーが机の上に置いてあったハイスタンダードHDM消音拳銃を片手に持ち上げた。
「それ、そんなに良いんですか…?」
机を挟んで反対側のイーノックが聞くと、よくぞ、聞いてくれた、という風に嬉しそうな笑みを浮かべて歩み寄ったリーは、片手に持った消音拳銃の魅力を語り始めた。
「当たりめぇだ。こいつはサプレッサーが最初から銃本体と一緒になってて、隠密性をとにかく追求した銃だから、発砲音の小ささがそこら辺の間に合わせのサプレッサーをつけたハンドガンとは全然違うんだよ!」
熱弁するリーに対して、イーノックは冷静だった。
「でも、音を小さくするために、小型の銃弾を使ってるてことは威力が期待できない、ということですよね。射程は…。」
「そんなことはどうでも良いんだ!隠密作戦だぞ。射程に入る前に気づかれててどうする!ほら、お前も持っていけ。暗視ゴーグルも忘れるんじゃねぇぞ!」
半ば、強制的にイーノックにハイスタンダードHDMと暗視ゴーグルを持たせたリーは今度はその向こうで護身用拳銃の手入れをするイアン・バトラーに絡んだ。
「先任曹長…。また、ワルサーですか…。」
嬉しそうに言いながら、リーはイアンの脇に駆け寄った。彼が整備したワルサーPPKのスライドを引いて、動作を確かめている。
「ああ…、こいつには色々と想い出があるんでな。」
そう静かに答えたイアンに「想い出ですか…、お、おい、聞いたか。イーノック、お前もそういう銃を見つけろよな…、ハハハハハ…。」と愉快そうに笑ったリーは、ようやく自分の持ち場に戻って作業を始めた。イーノックが口を開いたのは、そのすぐ後だった。
「隊長がガバメント使うのも何か理由があるんですか?」
数秒の沈黙の後、先程の会話から派生した問いを自然に投げ掛けたイーノックだったが、その瞬間、ブラボー隊員達の間に流れる気配が変わった。リーとアーヴィングがイーノックの方を凝視したが、彼は手元のHK33の整備に集中していて、周囲の空気の変化に気がついてないようだった。
「まぁな…。」
「やっぱりそうでしたか!先程少し見た時に、スライドに刻印が彫ってあったので絶対に思い入れがあるんだろうなぁ、て…。」
「ちょっ!お前、黙れ!」
一瞬の重い沈黙の後、ウィリアムが答えると同時に明るい声を出したイーノックにリーが飛び付き、その口を塞ぐと、自分の作業場の方へと有無を言わせず、引っ張った。
「お前なぁ、大尉は忙しいんだから、そういうことは俺に聞け。俺ならいつでも語ってやるからさ…。あのな、これはKa-Barナイフと言ってな…。」
「いや、軍曹…!自分はナイフを積極的に戦闘に使うつもりはないので…!」
「ナイフの何も知らずに言うんじゃねぇ!ロシアには刀身を飛ばすトリッキーなナイフもあるんだぜ!」
強制的に引きずられるイーノックを見て、ブラボー分隊の隊員達は笑顔に包まれたが、ウィリアムの顔はどこか晴れなかった。それを少し離れたブラックホークの影から見ていたサンダース少佐は深い溜め息をつくのだった。