第五章 六話 「命のぶつかり合い」
文字数 2,902文字
よほど、砲撃に動揺して持ち場を離れたのか?
人の気配が全く無い敵の監視所に民族戦線の小隊長はそう思ったが、万全を期して気は抜かぬよう、背後の無線兵を振り返って命令を伝えた。
「北側は作戦通りに行く、と本部に伝達せよ。」
無線兵が南と北西の前線で待ち伏せしている他の班に無線連絡するのを横目で見ながら、指揮官は後ろにつく二人の部下を手招きした。それを合図にB-40ロケットランチャーを肩に背負った二人は茂みから体を出さないように身を伏せて滑るように移動すると、部隊長の横に並び、各々の持つロケットランチャーの狙いを敵の監視所につけた。
「本部より、攻撃開始せよ、とのことです。我々の攻撃を合図に全班、同時に前進します!」
無線兵が耳元で囁いた言葉を聞いた指揮官が横に並ぶ二人の部下に頷き、両耳を塞いだ次の瞬間、二基のロケットランチャーの発射筒から破裂音と後方噴射の白煙とともに対戦車榴弾が撃ち出された。
照準を精密につけられて発射された二発の対戦車弾は狭い銃眼から掩体壕の中に飛び込むと、HEAT弾の爆発で監視所を内部から吹き飛ばした。周辺に噴煙を吹き出した後、二発の対戦車弾の爆発で骨格部分を完全に破壊された掩体壕は砂煙を巻き上げて崩れ落ちた。
コンマ一秒後、敵の監視所の無力化を確認すると同時にに突撃命令を下した小隊長を先頭に、茂みの中に身を隠していた三十人の民族戦線兵士達が一斉に立ち上がり、それぞれの武器を手に猛々しい雄叫びとともに敵陣中心部に向けて突撃を開始した。砲撃で敵の指揮系統は壊滅したのか、監視所を潰されても、南ベトナム軍からは全く反撃がない。
「このまま、敵を一気に蹴散らす!行けー!」
手にした五六式自動小銃やAK-47の先端に銃剣を装着した突撃隊を前面に押し出しながら、自身も残りの部下とともに、その後に続いた民族戦線の小隊長は森中に響き渡る怒声で命令を叫んだ。
それでも、彼らの突撃を邪魔するものは何もない。静まり返ったままのジャングルを突撃する民族戦線の一個小隊は監視所の掩体壕が焼け崩れた丘を越えると、そのまま突撃を続け、指揮系統の崩壊した敵を蹴散らそうとする…、それが民族戦線の小隊長が頭の中で描いていた初期攻撃の理想像だったが、先頭の兵士が丘を越えた瞬間、飛来してきた五.五六ミリNATO弾の狙撃弾がその生温い願望を打ち破った。
正確に撃たれた狙撃の弾丸は民族戦線の小隊長の額に突き刺さり、突然、頭から後ろに倒れた小隊長の体を受け止めたすぐ後ろの部下達は自分達の上官に何が起こったかを理解するよりも先に前方から毎分五百発の速度で放たれたM60機関銃の機銃掃射に薙ぎ倒されるようにして一掃された。
M60機関銃の掃射と同時に、擬装を施した蛸壺の中に身を隠していた他の南ベトナム軍兵士達も一斉に反撃を開始し、敵が何も居ないと思って、猛突撃をかけていた民族戦線の兵士達は十メートル前方に突如として現れた敵の待ち伏せ攻撃を受けて為す術もなく、一瞬の内に無力化された。
「今の内だ!第一班、前進!二班は待機!三班は第一班と第二班を援護!」
構えたM16A1をM60の機銃掃射が仕留め切れなかった民族戦線の兵士達に向けて発砲しながら、蛸壺を飛び出したウィリアムを先頭にして、十五人の南ベトナム陸軍兵士が敵に向かって突撃をかけた。言葉は通じないが、あらかじめ十分な作戦説明を行っていたため、南ベトナム軍兵士達の動きに乱れや遅れはない。第三班が後方から放つ二基のM60機関銃の機銃掃射とイーノックの狙撃の援護の下、ウィリアムが先頭を行く第一班が倒しそびれた敵の前線兵士を撃ち倒しながら、前線を押し上げていくすぐ後ろにM30 一〇七ミリ迫撃砲の分解パーツを手にした第二班の南ベトナム軍兵士、四人が走り、敵指揮所攻撃の準備を進めようとしていた。
ウィリアム達が戦闘を開始したのと同時刻、北西側の防衛線でも民族戦線の兵士達が一斉に突撃を開始したが、リーのM203グレネードランチャーから放たれた四〇ミリ擲弾が突撃する兵士達の先頭をコンポジションBの炸裂で吹き飛ばしたのを皮切りに、射手ともども擬装を被せて銃身を隠していたブローニングM1919A4重機関銃が反撃の機銃掃射を放ち、突撃して来ていた数十人の民族戦線兵士達を一瞬の内に撃ち倒していったことで反撃が始まった。
「Go!Go!Go!」
リーの合図とともに南ベトナム軍兵士が身を隠していた蛸壺から飛び出したが、その瞬間、猛烈な機銃掃射が今度は彼らに襲いかかった。
「やばい!戻れ!」
優れた反射能力で素早く身を翻し、一緒に蛸壺を飛び出した南ベトナム軍少年兵の体も引き込んで、塹壕の中に飛び込んだリーは難を逃れたが、彼より少し反応が遅れた南ベトナム陸軍兵士達は敵の機銃掃射に飲まれ、血飛沫を上げながら、体を砕かれていった。
それだけでは終わらず、機銃掃射に続いて、B-40ロケットランチャーの弾頭が甲高い飛翔音とともにリー達の頭上を通り過ぎると、彼らの身を隠す蛸壺陣地の数メートル後方に生えていた熱帯樹の根本に直撃し、爆風とともに木片をばら撒いた。
「六〇ミリ迫撃砲を撃て!敵の機銃を潰せ!」
ロケット弾の爆発が巻き上げた土を全身に浴びながら、リーは少年兵が背負った無線機に叫びこんだ。
リー達の方角から奇襲攻撃を仕掛けた民族戦線部隊の小隊長はウィリアム達が交戦した部隊の小隊長よりも優秀だった。敵の姿が見えなくても、不足の事態に備えて、無線兵と指揮官の自分、更にはMG34機関銃とロケットランチャーの援護班を突撃部隊の後方に残していたのだ。
「こちら、B班!突撃をかけるも敵の抵抗に合い、被害甚大!応援を…ッ!」
優秀な小隊長であったが、自分の頭上に降り注いだ迫撃砲弾を防ぐことは出来なかった。後方部隊に増援を要請した瞬間、直上から落下してきた六〇ミリ砲弾の炸裂によって民族戦線の小隊長と無線兵は爆発の中で身を散らし、彼らの身を隠していた熱帯樹も根本から幹を吹き飛ばされて焼け落ちた。続いて絶える間もなく、撃ち込まれた後続の迫撃砲弾が連続して着弾し、MG34機関銃の機銃手、ロケットランチャーの支援部隊、撤退する民族戦線兵士達を次々と蹴散らして行った。
「今だ!前進する!敵に食いつけ!」
リー達のすぐ背後の蛸壺の中に設置されたM2迫撃砲から殆ど垂直に近い角度で撃ち出された六〇ミリ砲弾が敵の機銃を破壊したのを確認したリーは再突撃の命令を叫びながら、蛸壺を飛び出した。その声に従い、先程の難を逃れた南ベトナム軍兵士達も塹壕から飛び出し突撃を開始すると、その後ろにM30重迫撃砲の分解部品を背負ったARVNの砲兵達が続いた。