第三章 十話 「幻覚」

文字数 3,453文字

時折、散発的な銃声が轟き、周囲で火を付けられた木造の家々が燃え上がる中、ウィリアムは濃緑色のOG-107戦闘服に身を包んだ"彼"と向き合っていた。
「今は君と話をしている時間はない。」
M16を構えたまま、そう言ったウィリアムに"彼"は俯き、血と泥の混じった水溜まりを見つめながら、深いため息をついた。
「いつまで先伸ばしにする?」
「何?」
聞き返したウィリアムの方を向いて顔を上げた"彼"はM1ヘルメットの鍔の下から鋭い双眸でウィリアムの顔を見返した。
「お前はまだ見つけられてないのだろう?昔、俺とともに探していた正義を…。」
「もう既に死んだ君には関係のないことだ。」
ウィリアムは自分自身に"彼"が幻覚であると言い聞かせながら、はっきりと言い放ったが、"彼"はそんなウィリアムの言葉など全く聞いていない様子で腕を組み、燃え上がる村を見つめながら続けた。
「もしかしたら、全ての人間を救う正義など無かったのかもしれない…。」
「君には関係ないと言っている!早く去れ!」
目の前の幻想を振払おうとするウィリアムの顔を見つめ返した"彼"は、
「君自身、気づいているはずだ!」
と怒鳴り返した。
「答えを先伸ばしにしていても、真実からは逃れられないんだぞ。」
心中を見透かされ、迷いを言い当てられたウィリアムは何も言い返すことができなかった。
「目を逸らし、戦場を彷徨い続けた所で、いずれは真実と向き合わなければならなくなる…。俺と同じ、死の瞬間にな。」
もう既に幻覚を消し去ろうという意志さえも消えてしまったウィリアムの前で、手に握ったM16を見つめながら、"彼"は続けた。
「答えを先延ばしした所で、ただお前の流浪に巻き込まれて犠牲になる人間が増えるだけだぞ…。」
「黙れ…。」
ようやく震えた声を出すことのできたウィリアムを見つめた"彼"は嘲ると、手にしたM16の安全装置を外し、引き金に指をかけた。
「ダリウス、キーガン、ハワード…、お前は多くの人間の命を巻きこんで、この世に存在しないと既に悟っている正義を否定しないために放浪し続けているだけ…、そして、お前自身もそんな自分自身の生の罪深さを責めている…。ならば、その苦しみも腐った正義の幻想も俺が消し去ってけじめをつけてやる!」
最後は怒鳴るようにして言った"彼"はM16をウィリアムに向けて構えると、容赦なく引き金を引いた。
「止めろ!」
そう叫んだウィリアムの声が彼の意識の中で虚しく響き渡り、目の前に広がったマズルフラッシュの光と飛翔してきた銃弾がウィリアムの幻覚を引き裂いた。

頭の中に轟いた一発の銃声とともに、ウィリアムの意識は現実に引き戻された。
「危ない!」
藪の中に身を潜めていた民族戦線兵士の一人が自分達の方に走ってくるユーリにAK-47を発砲したのと、ジョシュアがユーリの体に後ろから飛びついたのは同時だった。わずか十数メートルの距離で撃たれた七.六二ミリ弾は当初の標的であったユーリは外してしまったものの、その後ろに居たジョシュアの右脇腹に突き刺さった。痛みに呻きながら、ジョシュアがユーリに覆い被さって地面に倒れたのと同時に、二人の前方でジャングルの中にアンブッシュしていた民族戦線兵士達が一斉に立ち上がり、手にしたAK-47や五六式自動小銃を発砲しながら、倒れたジョシュアとユーリに向かって前進を始めた。
「くそ…!」
ようやく金縛りから解かれ、悪態とともに引き金を引いたウィリアムのM203から撃ち出されたグレネード弾が民族戦線兵士達の先頭で爆発し、四、五人の兵士が擲弾の爆発に飲み込まれて四散したが、それでも突撃の勢いを緩めない民族戦線の兵士達は爆発の硝煙を飛び越え、ジョシュアとユーリのもとに迫ってきた。二人と敵との距離はわずか十メートルにも満たないほどになり、無数の弾丸が襲いかかってくる中、熱帯樹の根本にユーリの体を引き込んだジョシュアは自分の体の傷を把握する間もなく、寝転んだ状態で木の陰からXM177E2カービンを構えて、フルオートで発砲した。二人が身を隠す木のわずか数メートルほどの距離まで迫っていた民族戦線の兵士がその弾に撃たれ、手にしていた五六式自動小銃を空に向かって撃ちながら、後ろに倒れ、更にその後ろに続いていた民族戦線兵士も至近距離からの五.五六ミリNATO弾の掃射に体を射抜かれて倒れたが、その後ろから更に三十人以上の民族戦線兵士が突撃して来ており、ジョシュア一人で押さえられる人数ではなかった。
「後ろからも来てるぞ!背中にも気を付けろ!」
隊内無線に叫ぶと同時に、ウィリアムは二人に接近する民族戦線兵士達に向かってM16A1を発砲しながら、ジョシュアの元へと走り出した。M16の単連射に次々と仲間を撃ち倒された民族戦線兵士達が銃撃の照準をウィリアムに移し、数十個の銃口からの集中放火がウィリアムに向けて殺到したが、その銃弾が体に当たるよりも前にウィリアムはジョシュアとユーリが身を隠す熱帯樹の陰に滑り込んだ。
「敵は任せろ!お前は自分の手当てをしろ!」
空になった弾倉を捨て、血に濡れた新しいマガジンをXM177E2カービンに装填して、再び敵に銃撃しようとするジョシュアを止めたウィリアムは代わりに彼のカービン銃を構え、迫ってくる敵に向かって五.五六ミリ弾の単連射を放った。三八式歩兵銃を抱えて、すぐそこまで突進してきていた民族戦線兵士の体が弾け、さらにその後ろから迫ってくる敵兵士達にも牽制の銃撃が加えられて、突撃してくる敵の攻勢が一瞬弱まる。カービン銃を単連射するウィリアムの後ろで、背中に背負った無線機を下ろしたジョシュアは傍らで頭を抱えてうずくまるユーリの体に怪我がないことを確認すると、ポケットの中に入れていた応急具を取り出して、自分の怪我の処置を始めた。
「ジョシュアが負傷した!アーヴィング、処置を頼む!クレイグ、援護してくれ!」
間近に迫っていた敵を全員殲滅した所で、隊内無線に叫んだウィリアムに向かって、今度は空を切る飛翔音が近づき、その音を察知すると同時に、彼は殆ど脊髄反射に近い反応で地面に身を伏せた。次の瞬間、M20A1スーパーバズーカから発射された対戦車弾が彼の身を隠す熱帯樹の脇を掠めて飛び去り、隊内無線で要請された援護に向かうため、ウィリアム達のもとに走っていたクレイグのすぐ目の前で大木の幹に当たって爆発した。鉄片と木片を含んだ爆発の衝撃波に襲われ、体を吹き飛ばされながらも、何とか立ち上がったクレイグはAKMSの四点射撃を放ちながら、ウィリアム達のもとに走り、更にその後ろにストーナー63Aを抱えたアーヴィングが続いた。
スーパーバズーカの援護を受けて、勢いを増した敵の銃撃を受けつつも、盾にする木の陰からM16A1と体の最小面積だけを出して応射していたウィリアムの五メートルほど手前の地面に、二発目のバズーカ弾が突き刺さり炸裂したが、その二発目を発射したバックブラストがウィリアムにバズーカ砲の位置を教えてくれた。バズーカ弾の爆発によって巻き上げられた土石が頭上から降り注ぐ中、突進してくる民族戦線兵士達に向かって、M16を応射して無力化したウィリアムは今度は一時の方向、三十メートルほど離れた茂みの中で、スーパーバズーカを構える敵兵士を四倍率スコープの拡大された視界の中に捉えると、M16A1の引き金を引いた。
サプレッサーに押さえられた、くぐもった銃声とともに銃口から撃ち出された五.五六ミリ弾は銃弾と硝煙が舞うジャングルの中を山なりの軌跡を描きながら、ライフリングの回転力で旋回運動して滑空すると、スーパーバズーカを構えた民族戦線兵士の頭に向かって飛んでいった。射撃助手が発射筒の後方から次弾を装填したバズーカ砲を構えた民族戦線の砲手が先ほどの二発の着弾から計算した照準のずれをもとに、ウィリアム達が身を隠す熱帯樹に今度こそ狙いを定めて、トリガーにかけた右手の人差し指を引き込もうとした瞬間、ウィリアムの放った五.五六ミリ弾がバズーカ射手の大脳を前頭葉から側頭葉後方に向けて貫通した。頭を撃たれた勢いで体勢を崩した兵士は銃弾の直撃と同時に即死していたが、バズーカ砲の引き金にかけられた指は死の直前に脳から出されていた指令に従ってトリガーを引いた。体勢を崩した死体の肩に抱えられたスーパーバズーカは砲口の向いていた真下へとバズーカ弾を発射すると、二人の射撃補助手に反応する時間を与えず、八九ミリ対戦車弾を炸裂させた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み