第五章 二十六話 「爆撃」
文字数 1,824文字
ジャングルのあちこちから黒煙を噴き上げる戦場に北の方角から低空飛行で高速接近した四機のF-111アードヴァークは最後の安全装置を解除すると、隊長機の合図を得て、ハードポイントに搭載した全てのMk.84無誘導爆弾を広範囲に散布しつつ、投下したのだった。
「中将!あれを見てください!」
崩壊した戦線の中、数人の部下とともに蛸壺陣地の一つに隠れて、最後の抵抗を続けていた黎鄭勝(レ・チン・タン)は絶叫した部下の声を聞いて、北の空に迫り来る死の影を見た。
「あれは…。」
先程まで近接航空支援をしていた対地攻撃機とは違うシルエット…、恐らくはアメリカの戦闘爆撃機と思われる機影を認めて、タン中将は呆れ顔に失笑を浮かべた。
「まったく、あの国は…。いつの時代になってもやることは変わらんものだ…。」
中将がそう毒づいた瞬間、彼らの上空を高速で飛翔したF-111アードヴァークから投下されたMk.84無誘導爆弾が信管を作動させて炸裂し、タン中将と最後の生き残りの南ベトナム軍兵士達は周囲の北ベトナム軍兵士や民族戦線兵士ともども、高性能爆薬が生じた高熱の火炎の中に飲み込まれて、一瞬にして炭化したのだった。
戦いが終局を迎えようとしていた時、戦線の北側では二人の戦士が一対一の戦いに決着をつけようとしていた。
「これで終わりだ!」
そう叫んで飛びかかったアールのナイフをアシル・ベル・ナルディのKa-Barナイフが弾く。
「甘い!」
勝利の確信とともにKa-Barナイフをアールの頭部に目掛けて振り下ろしたベルだったが、アールはその刀身を自らの左腕を盾にして避けた。
「く…っ!」
左腕に走った痛みに意識が一瞬遠のいたアールだったが、機を逃す愚は犯さず、止めを刺したと思って油断したベルの脇腹に全力の拳を叩き込んだ。
「やるな…!」
太い嗚咽とともに後ろにジャンプして引き下がったベルはアールが先程落としたMK2 USNナイフを拾い上げると、再びファイティングポーズを取った。久しぶりに戦い合うタフな相手に息も絶え絶えになり、視界がふらつきながらも、左腕に刺さったKa-Barナイフを一気に引き抜いて構えたアールにベルは問うた。
「我々の油断をつき、司令部を叩いたのは貴様か?」
口から血反吐を吐き出しながらも、敵将からの問いにアールは正面から答えた。
「いかにも…。」
その答えに満足気に頬を歪めたベルは僅かに戦闘の姿勢を緩めた。
「戦いあえて光栄だ。だが…。」
その瞬間、意表を突くかのようにして飛びかかってきたベルにアールもKa-Barナイフを構えて突進した。
「これで最後だ…!」
二人の男の体が絶叫とともに交差し、両方の刃がお互いの胸に突き刺さった瞬間、彼らの頭上で炸裂した二千ポンド爆弾の炎が男達の体を、誇りを、戦いの喜びを、全てを飲み込んだのだった。
この人の背中を見失ってはいけない…。
息も切れ、限界まで酷使した体が悲鳴をあげる中、使命感にも似た思い一つだけでイーノックはウィリアムの後を追っていた。
この絶望的な戦場の狂気の中で唯一の救いとなる正義がこの人の背中を追っていた先にある…!
そう信じる根拠など無かった。ただ、信じてウィリアムの背中を追いかけ続けていたイーノックだったが、その追走は彼の背中に銃剣を突き刺した民族戦線兵士の一突きによって、唐突に終わりを迎えた。突然、背中に走った激烈な痛みと衝撃に転倒したイーノックは自分の背後にいる敵の存在も忘れて、硝煙の中を去っていく上官の後ろ姿を目で追った。
「待ってくだ…!」
そこまで叫んだところに更に銃剣のもう一突きを刺されたイーノックは口から血反吐を吐き、ようやく自分の命の危険に気がついた。既に立ち上がることもできず、体を何とか翻して仰向けになり、敵と対面したイーノックの左胸に半狂乱の民族戦線兵士が止めを刺そうと銃剣を振り下ろす。
「死ねー!」
「やめろー!」
極限の状況の中で二人の男が互いに異国の言葉で叫んだ瞬間、彼らを強烈な熱気と衝撃波が襲った。上空を低空飛行したF-111アードヴァークから投下されたMk.84無誘導爆弾が五十メートルの近距離で炸裂したのだった。先程、自分に止めを刺そうとしていた民族戦線兵士が衝撃で覆いかぶさったお陰で熱風をまともに受けずに済んだイーノックだったが、それでも初めて体に受ける超高熱の火炎にその意識は混沌へと飲み込まれていったのだった。