第五章 二十八話 「死屍累々の山の中で」

文字数 1,061文字

「探せ!絶対に"あの物質"を失ってはならん!」
着陸したMH-53ペイブロウから降り立つと同時に、同伴してきたCIAエージェント達を先導して、"サブスタンスX"の捜索を始めたリロイのもとに、気絶したイーノックを背中に背負ったサンダースが戻ってきた。
「イーノック…か?」
「ええ…。数百メートル先で見つけました。重症ですが、一命は取り留めています。」
イーノックを医療班に託し、再度"サブスタンスX"の捜索に向かおうとしたサンダースの背中をリロイは引き止めた。
「例の科学者は見つからないか?」
その問いに振り返ったサンダースの顔は暗く、曇っていた。その表情を見て、答えを聞くよりも先にリロイは全てを察した。
「痕跡すらありません。ウィリアム達も発見できていません。」
すぐ目の前で戦っていた戦友達を救えず、爆撃の炎の中でその姿を見失ってしまったサンダースの絶望と失意は、兵士でないリロイには想像はできても理解はできなかった。
「そうか…、ご苦労だった…。引き続き、捜索を続けてくれ…。」
その言葉を最後まで聞くよりも先にサンダースは踵を返し、捜索に戻っていた。

敵が戻ってくる懸念があったため、時間は一時間ほどしか取れなかったが、その後も捜索は続けられ、"ゴースト"・アルファ分隊とCIAエージェント達による決死の探索により、死屍累々の山々の中から奇跡的に"サブスタンスX"を収納した格納器を発見することができたが、戦火の中に消えたウィリアムとユーリ・ホフマンの姿は死体すらも見つからぬまま、リロイ達は無念とともに撤退せざるを得なかった。
戦場から離脱するMH-53ペイブロウの機内で応急処置を受けていたイーノックは朦朧とする意識の中で、「戦場の狂気…。戦場の絶対正義…。」と小声で呻き続けていたが、この数日間に彼が戦場で見聞きしたことを知らないリロイやサンダース達に、その言葉の意味が分かるはずもないのであった。

リロイ達が撤退した後、死屍累々の地獄とした戦場には北ベトナム軍と解放民族戦線の部隊が同胞達を救出するべく集結していたが、彼らもまたウィリアムとユーリ・ホフマンを見つけることはなかった。リロイ達は辛うじて、機密を死守したのである。その一部は何処へか消えてしまったが…。
「今日、散っていた戦士達の魂に私は哀悼とともに敬意を表する。」
救出作業が行われる傍ら、重ねられた部下達の死体の山を前に鎮魂の祈りを捧げた裴伯哲(ブイ・バ・チェット)だったが、彼が思いを馳せた魂の中には彼の親友の阮公簡(グエン・コン・ジャン)の存在もあったのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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