第二章 二十九話 「殲滅」
文字数 4,266文字
「少尉!百メートル先、来ました!」
ゲートの裏で道の曲がり角を監視していたイーノックの声が隊内無線に弾け、安堵から緊張に意識を一瞬で引き戻されたアールは機銃陣地の土嚢の上から頭を出し、暗視ゴーグルの目で道路の先を睨んだ。両脇をジャングルに包まれた細い道路を数台の車両がヘッドライトの光源を煌々と輝かせながら接近してくるのが、緑がかった視界に映る。
さぁ、来い…。クレイモアの爆発で歓迎してやる…。
準備は万端、後は爆発のタイミングを外さないようにするだけ…、銃座の陰から敵車両の姿を睨み、両手には起爆装置を握ったアールはそう胸の中に念じていたが、ナイトビジョンの暗緑色の視界に映る先頭車両の形状を見て、彼の表情は険しくなり、静かに毒づいた。
「くそ…。APC(装甲兵員輸送車)か…。」
接近する四台の内、三両は大型トラックだが、先頭の一両はBTR-60PB装輪装甲車だった。全長七.五メートルのソビエト製大型装甲車は十二.七ミリ機銃弾の掃射にも耐える最大で厚さ九ミリの溶接鋼装甲を備え、加えて車体上部の旋回式砲塔には十四.五ミリ重機関銃と口径七.六二ミリの同軸機銃が搭載されている。クレイモアでは破壊し切れないのは自明であり、敵車両の戦闘能力が極めて高いこともアールには想像しなくても分かった。
見つかる前に逃げるしかない…。
だが、ウィリアム達がゲートにたどり着いた時には、敵装甲車は既にゲートから五十メートルも離れていない距離に近づいていた。この距離では重機関銃の必中圏内、戦闘が避けられないのは明白だった。
「Fuck…!」
そう呻いたアールは機銃陣地の土嚢の上から顔を僅かに出し、クレイモア爆破の瞬間を見計らった。二基の直列六気筒液冷ガソリンエンジンの低い唸り声をあげながら、BTR-60PBがアールまで三十メートルの距離に接近し、その細長い車体がゲート側に一番近い位置に仕掛けられたクレイモアの前を通過し、後続のCA-30大型トラックが同じクレイモアの直前に差し掛かった瞬間、アールは遂に起爆装置のスイッチを押した。
起爆装置から発せられた電気信号が起爆コードを三十メートル離れた地雷まで流れたコンマ数秒の後、四基のクレイモア地雷が同時に爆発し、車列の二両目と三両目の兵員輸送トラックは道の両側から襲いかかってきた鉄球の嵐に乗員もろとも車体を穴だらけにされ、直後に地雷の爆発に飲み込まれるようにして四散した。だが、溶接鋼装甲で全周を覆うBTR-60装甲車には、やはり指向性対人地雷の攻撃は通じていなかった。突然の襲撃に後ろの車両が爆散しても、前進を止め、潜んでいる敵を捜索するために悠然と車体上部の旋回砲塔を回転させている装甲車の正面に、リーとウィリアムのM203グレネードランチャーから放たれた四〇ミリ弾が相次いで直撃し炸裂したが、その攻撃さえも弾き返したBTR-60装輪装甲車は、その細長い車両をゲートに向かって前進させながら、車体上部の砲塔を前方に向けると、一四.五ミリ重機関銃と七.六二ミリ同軸機関銃の激しい弾幕射撃をブラボー分隊の隊員達に向けて放った。大口径弾の機銃掃射がハインドの攻撃で半壊したゲートを越えて、その向こう側の発電施設建物のコンクリート壁に次々と大穴を開ける中、ゲートの発電所側にいたウィリアム達はスモークグレネードを投げ、ユーリをカバーしながらヘリコプター飛行場の方へと身を低くして退避した。連装機銃の掃射になす術なく撤退するウィリアム達から装甲車の気を逸らすために、リーとアーヴィングの放った銃弾が溶接鋼装甲の上で弾けたが、二人の激しい銃撃も跳弾の火花をあげるだけで有効なダメージは与えられていなかった。
「リー!やつの弱点はどこだ!」
機銃陣地の残骸の中に身を潜めて、様子を窺っていたアールが隊内無線に叫んだ。ソビエト製兵器にも詳しいリーなら何か突破口を知っているのではないかと期待しての問いだった。無線から聞こえてきた副官の問いに装甲車からの応射を回避しつつ、XM177E2カービンを射撃するトム・リー・ミンクは早口に答えた。
「車体後部に設置されている液冷エンジンです!やつは、ガソリンを使っているので爆破すれば炎上して、車内は一気に炎に包まれます!」
「よし、分かった!車体後部のエンジンだな!」
リーとの無線を切ったアールはLMG(軽機関銃)とバックパックを下ろし、予備に残していた二基のC4爆弾に信管をセットすると、装甲車が自分の身を隠す機銃陣地の前を通りすぎたと同時に起爆時間を四十秒後に設定した。起爆装置の起動を確認するとともに武装はMk22自動拳銃と背中に背負ったチャイナレイク・グレネードランチャーだけを持ち、機銃陣地から飛び出したアールはBTR-60の後方に走り出した。
装甲車の側面に取り付けられていた銃眼からの銃撃が彼の後を追ったが、アールは俊敏な動きでその銃撃を避けて、BTR-60の後方に回ると、溶接鋼装甲に包まれた車体後部に素早く二基のC4爆弾を張り付けた。おまけにV40小型手榴弾も二基、車体後部のラックに置いてやったところで、急所に敵が回ったことを知ったBTR-60PBの運転手が車体を一気にバックさせ、アールは唐突に迫ってきた鋼鉄製の車体に体を弾き飛ばされ、後ろに倒れこんだが、瞬時の判断で体を低くし、自分のことを轢き殺そうとする装甲車の車体下に潜り込んだ。全速でバックするBTR-60PBの車底が仰向けで地面の上に寝るアールの鼻のすぐ上を通りすぎていく。全長七.五メートルの鋼鉄の車体が体の上を通りすぎた瞬間、アールは体を横に転がし、仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて、伏射の姿勢でチャイナレイク・グレネードランチャーを構えた。十メートルほどバックしたところで停止したBTR-60PBは小型砲塔が旋回させ、そこから延びた口径一四.五ミリの重機関銃の銃口をアールの方に向けたが、その重機関銃の発砲よりも先に起爆時間になったC4爆弾が二基の小型手榴弾も巻き込んで爆発した。
車体後部のガソリンエンジンを吹き飛ばされ、引火した燃料が車内に流れ込んだBTR-60PBは側面ハッチと砲塔上部のハッチが吹き飛び、吹き飛んだハッチの穴からは酸素を求めた紅蓮の炎を吹き出して沈黙した。全身を焼かれた二人の乗員が側面ハッチから飛び出して、断末魔の悲鳴とともにAK-47を乱射しながら、アールに向かって走ってきたが、すでに溶接鋼装甲の庇護を失った彼らは非力だった。炎に包まれた二人をサイドアームのMk22の射撃で撃ち倒したアールは沈黙したBTR-60PBの車体に張り付くと南側の方角、道路の先を見た。
二十メートルほど先、クレイモアの爆発で爆散、横転したトラックの残骸の脇で、生き残った民族戦線兵士達が反撃の準備を進めていたが、彼らは本来、自分達の身を守ってくれるはずだった装甲車を失って、突撃を躊躇っているようだった。
そちらから来ないなら、こちらが先手を打つまで…。
その思念とともにアールは構えたチャイナレイク・グレネードランチャーを三連射した。ポンプアクション式のグレネードランチャーから曲射射撃で撃ち出された四〇ミリグレネード弾はトラックの残骸に直撃すると、その陰に隠れていた民族戦線兵士達をも巻き込んで炸裂し、拡がった爆発の炎は南側からの道路を完全に塞いだ。
「南側からの敵殲滅完了しました!」
トラックともども敵が粉々になるのを確認し、隊内無線に告げたアールが振り返ると、ユーリ・ホフマンを取り囲んで円陣を作ったブラボー分隊の隊員達がウィリアムに続いて、それぞれの視界を補いながらアールの方へと近づいて来るところだった。ウィリアム達が後ろにつくまで、装甲車の陰からチャイナレイク・グレネードランチャーを構えたアールは引き続き、南側から来る追撃部隊の方を監視した。
「よくやった!」
アールの後ろについたウィリアムが彼の肩を叩き、ハンドサインでグッジョブを示すと、クレイグを先頭にユーリを庇いながら、道の脇に生い茂る熱帯林の中に入っていき、更にその後ろにジョシュアとイーノックが続いた。
「少尉!これを!」
アールの後ろについたリーがバックパックとストーナー63LMGをアールの後ろに置いた。ゲートから撤退する時に機銃陣地の中から拾ってきてくれたのだ。
「ありがとう。助かる。」
バックパックを背負い、ストーナー63LMGのスリングを肩にかけたアールがリーの背中を押して、熱帯林の中に向かわせたところで、再び銃声とともに飛来した銃弾が装甲車の車体に跳弾して弾けた。トラックの燃料が燃え広がった向こうで、まだ追撃を諦めきれない民族戦線兵士達がAK-47や五六式小銃を発砲しているのだった。反対側の南側ゲートの方からも僅かに生き残った基地の兵士達が数人、燃え上がる軍事顧問団基地を背にして、こちらに走ってくるのが見える。
「行くぞ!最後の正念場だ。」
背後でゲートの方に向けて、ストーナー63A汎用機関銃を構えるアーヴィングに叫んだアールは、それと同時に道路の先にいる敵兵士達に向かって、ストーナー63LMG軽機関銃の引き金を引いた。二基の機関銃がそれぞれの標的に向けて、同時に七.六二ミリNATO弾の機銃掃射を放ち、各々の目標を撃ち倒して凪ぎ払った。
「今だ!」
前後両方の敵に隙ができた間に、アールの怒声を合図にして、アーヴィングが先に道の脇の熱帯林の中へと撤退する。アーヴィングが撤退したのを確認したアールも数秒の間、南からの追撃部隊にストーナー63LMGの機銃掃射を浴びせると、前方と後方の両方の敵に交互に銃撃しながら、林の中へと撤退した。壊滅的な打撃に加えて、最後の機銃掃射で完全に戦闘能力を失った軍事顧問団基地の兵士達に、その後を追う戦力は残されていなかった。