第三章 二十七話 「戦場の狂気は再び」

文字数 4,722文字

二人の民族戦線兵士がクレイグの罠にかかり、小型手榴弾の餌食になった時、地下で炸裂した手榴弾の爆発はトンネルの他の場所にいた民族戦線兵士達にも察知されていた。
「爆発だ!」
「どこからだ!」
「下だ!行ってみよう!」
丁度、爆発が起こった場所から一番近い位置にいた三人の民族戦線兵士達は、唐突に地面から轟いた轟音と震動に動揺したが、すぐに自分達の為すべきことを再確認して、爆発の方へと走った。
「気をつけろよ。トラップがあるかもしれん…。」
ブービートラップに注意しつつ、狭いトンネルの中を中腰で走っていた民族戦線の兵士達は、L字ライトの光が照らすトンネルの先から走ってくる人影を見つけて、即座に立ち止まるとともにAK-47を構えた。
「動くな!」
暗闇のせいで敵か味方か判別できない人影に向けて、銃口とともにL字ライトの光を当てた三人の兵士達の数メートル前で両手を上げて立ち止まった男は服があちこちで裂け、体もあちこちから出血しており、何かの爆発をすぐ間近で受けたような様子だった。
さっきの爆発を食らったのか?
眩しい光を見返す男のボロボロな姿を見て、そう思った民族戦線兵士の一人はライトの光に照らされた男の顔を注視した。顔全体に煤や泥のようなものがこびり付いている男の顔は見覚えのあるものではなかったが、アメリカ人のものにも見えなかった。
三人は一先ずAKライフルを携帯しているらしい男の武装解除をしようとしたが、それよりも先に、
「や…、やつが来る…。」
とベトナム語で呻いた男が両手を頭の上に上げたままの状態で前のめりに倒れてしまった。
「おい!大丈夫か!」
目の前で倒れた男に、ライトを手にした民族戦線兵士の一人が駆け寄った。
「気をつけろ!敵かもしれん!」
背後の仲間達が制する中、その兵士が男に近づき、傷を見ようとしたのは、怪我をしている人間は多少の危険があっても放っておくことができないという衛生兵である彼の天性の性質からきた行動であったのだろう。
「アメリカ人がAKなんて使うか!」
倒れた男が手に握っている小銃をライトで照らし、そう言った民族戦線の衛生兵は、しかし、男の体にもう少しで触れられそうになった瞬間、地面に倒れ付していた男が顔を上げ、その手に握ったAKMSの銃口を自分に向ける予想外の行動に取ることは微塵も考えていなかった。
死んだ敵兵士の血を塗った上に泥を被って、傷ついた民族戦線兵士に成りすましていたクレイグは、素早く構えたAKMSのアイアンサイトの照準の先に、驚愕と恐怖の表情に固まった民族戦線兵士の顔を見たが、容赦はしなかった。
四点射撃の銃声とともにマズルフラッシュの閃光が狭いトンネルの中に弾け、腹を撃ち抜かれて硬直しているベトナム人衛生兵の体の陰から身を出したクレイグは数メートル離れた二人の民族戦線兵士にもAKMSの単連射を放った。本の一瞬の間の出来事に対応できず、手にしたAK-47を構えたまま、頭を撃ち抜かれた二人の民族戦線兵士の体が地面に倒れ付すと同時に、再び沈黙が支配したトンネルの前後の気配に意識を集中したクレイグはAKMSを構えて周囲を警戒した後、小型手榴弾の爆発で死んだ民族戦線兵士から奪った軍服を脱ぎ捨てながら立ち上がると、倒れた三人の死体をまたいで、再びトンネルの中を走り出した。

爆発が聞こえた方へとトンネルの中を進んでいた民族戦線兵士の曹長と一等兵はすぐ近くで轟いた銃声を聞いて、音がした方へと走ったところで、ほどなくして倒れている味方の兵士を発見した。
「おい!大丈夫か!」
若い一等兵が倒れている味方の兵士に近寄り、その体に触れようとした時、「待て!」と叫んだ曹長の怒声がそれを止めた。
「罠かもしれん…。」
そう言いつつ、一等兵の前に出た曹長はPPS-43短機関銃を構えた状態で、倒れている味方の体にゆっくりと近づいた。目を見開き、白目を向いたままで死んでいる味方の兵士の後頚部にはナイフで突き刺された傷跡が綺麗に残っていた。
音もなく、背後から殺られたか…。
倒れた兵士がすでに息絶えていることを確認した民族戦線の曹長は服の鞘からナイフを取り出すと、その刀身を兵士の死体の下にゆっくりと入り込ませた。
「やはりな…。」
暫く死体の下にナイフの刃を這わせていた曹長がそう呟いた理由を一等兵はすぐには理解できなかったが、上官がうつ伏せに倒れた兵士の下から慎重に取り出したものを見て、その言葉の真意を理解した。
手榴弾…。
安全ピンを外され、起爆レバーの外れかけたF-1破片手榴弾を見て一等兵が戦慄する前で、民族戦線の曹長は外されていたグレネードの安全ピンを手榴弾につけ直し、爆発の危険がないことを確かめると、それを自分の軍服のポケットの中にしまった。
「もう、大丈夫だ。死体を運ぼう。」
死した後も尚、味方を殺すための罠として使われた仲間の死体を見下ろし、静かにそう言った曹長は死体の両腕を掴むと、狼狽えている部下の一等兵に死体の足を持つように命じた。まだ少し動揺していたものの、上官の命令に従った一等兵が恐怖で震える手で死んだ仲間の両足を掴み、持ち上げたその瞬間、死体の真下の地面が閃光とともにめくれ上がった。
手榴弾のブービートラップが仕掛けられていることは予想できても、死体の真下に対人地雷が仕掛けられていることまでは、経験豊かな曹長にも予期できていなかった。M14対人地雷の爆発によって吹き上げられた土煙と破片が狭いトンネルの中を荒れ狂い、二人の民族戦線兵士の体は持ち上げていた死体もろとも、跡形もないほどに砕け散って四散した。

「少尉!すでに十人近く殺られました!ここはまずいです!外に出ましょう!」
「バカ!外に出てもトンネルの中から狙い撃ちされるだけだ!仲間が殺られたということは、奴がいるという証拠!心配せんでも、増援は…。」
敵の姿も見えぬまま、一方的に仲間を殺されていく状況に動揺する部下達を叱咤した小隊長が、新たに遣わされた無線兵に地上部隊への支援要請をするよう命令を出そうとした瞬間、狭いトンネルの中に太い銃声が轟き、無線兵とその隣にいた兵士の肉体が弾け、二人の血液と肉片が小隊長の顔に飛び散った。撃たれた…、それ以上のことを小隊長が理解するよりも先に、二発目の銃声が轟き、十二ゲージのショットシェルが撒き散らした散弾が小隊長を含む六人の民族戦線達に襲いかかった。

狭い洞窟の中に密集している民族戦線兵士達に向かって全速力で走っていきながら、クレイグは銃床をステークアウトしたイサカM37ショットガンを速射した。かつてベトナム戦争においてアメリカ兵がトンネル・ラットに愛用したイサカM37が、逃げ場のない狭い空間での近接銃撃というショットガンの最も得意とするシチュエーションの中で敵に反撃の暇を与えず、七発の十二ゲージ弾を連射し、荒れ狂った散弾の嵐が六人もいた民族戦線兵士達を一発の銃弾の反撃さえも受けることなく無力化した。
自分達の身に何が起こったのか、それすらも分からず、部下ともども撃ち倒され、瀕死状態で虫の呼吸をしていた民族戦線の小隊長に、最後の弾を装填したイサカM37を至近距離で撃ちこんで止めをさしたクレイグは、転がる六人の死体の脇を通ると、通路が前方と右とで別れているトンネルの曲がり角に差し掛かった。
真っ直ぐ進むか、それとも右に行くか…。
常人離れした第六感を持ち合わせ、敵の気配を察知し、先回りすることができたとしても、初めて訪れるトンネルの中では、どちらに進めば、どこに着くのかなどということはクレイグにも分からなかった。ただ、少しでも敵の不意を付き、優位なポジションを取れるように、"感"を澄ませ、敵の気配がする方向を感じ取ろうとクレイグはが意識を集中させようとした瞬間、彼の背後で人の気配が動き、同時に"感"で察知した強い殺意に、クレイグは反射的に右側の曲がり角の方へと身を投げた。一拍遅れて、ポン、という軽い破裂音がトンネルの中に響き、閃光とともにM1ガーランドの銃口先から発射されたM9A1ライフルグレネードが一秒前までクレイグが立っていた分かれ道の壁に直撃し、二二ミリ・グレネード弾の爆発が土壁をめくりあげ、狭いトンネルの中に噴煙を巻き上げた。
間近で起こった爆発によって、耳鳴りが響く聴覚に、硝煙の中を突撃してくる叫び声を聞いたクレイグは朦朧とする意識を引き締め、痛む体を捻ると、ライフルグレネードが撃ち込まれた方向に向かって、AKMSの四点射撃を放った。激しい銃声とマズルフラッシュの閃光とともに、七.六二ミリ弾がAKMSの銃口から飛び出した刹那、クレイグのすぐ間近まで迫っていた民族戦線兵士の血しぶきがクレイグの顔に飛び散り、続いて息絶えた兵士の体がクレイグの上に覆いかぶさってきた。
「くそ…。」
まだ耳鳴りが鳴り止まない中、他に敵の気配がないことを確かめたクレイグは毒づきながら、体の上に乗っている死体を退けようとしたが、想像以上に軽かった死体の重さに、見てはならないと思っていても思わず、その顔を見てしまった。
七.六二ミリ弾の直撃を喉元に受け、ほとんど首が取れかかっている小柄な死体の顔は子供のもののようだった。身長と同じくらいの長さのあるM1ガーランドを握りしめたまま、死んでいた少年兵は恐らくはまだ十歳にもならないほどだった…。その姿が網膜に焼き付いた瞬間、周囲に張り巡らせていた"感"の気配も感じられなくなったクレイグの脳裏には、七年前にカンボジアのトンネルで見た地獄の光景が走馬灯のように次から次へと走っていた。額と左目を銃弾に撃ち抜かれ血溜まりの中に浮かぶ子供…、散弾銃で口から首の後ろまで黒い大穴を開けられた女…、かつて彼が為した殺戮の中で無惨に死んでいった者達の姿…、そして見境なく奪った命の数々に対する罪悪感…、記憶の中にこびりついたそれらの恐怖がクレイグに一気に襲いかかった。
「まだ…、まだ…、子供だっていうのに…。」
そう呻いたクレイグには、先程のライフルグレネードの爆発を聞きつけてトンネルの中を走ってくる民族戦線兵士達の気配もやはり感覚には入っていなかった。
「俺はやっぱり…。」
悪魔なのか…?
胸の中での自分自身に対する問いとともに、腕に抱いた少年の顔がレジーナのものに変わり、血塗れの娘の姿を見たクレイグは、この熱帯には存在しないはずの狼のような絶叫を上げた。ライフルグレネードの爆発と銃声を聞いて走ってきた民族戦線の兵士が絶叫を上げているその姿を見つけ、最初は敵だと分からなかったクレイグを敵だと気づいて、AK-47を向けた瞬間、銃口とともに向けられた敵意と殺意がクレイグの"感"に察知され、その感覚がクレイグの中に封印されていた戦場の狂気をついに呼び覚ました。
敵意を気配として察知すると同時に、動物的な俊敏な動きで敵の方に飛び出したクレイグに、民族戦線兵士が驚き、AK-47の引き金を引こうとした瞬間には、その喉元に投げつけられたバルカン・ダイバーナイフが突き刺さっていた。喉元にナイフが刺さり硬直した兵士の左脇を走り過ぎたクレイグは左手で構えたAKMSを掃射しつつ、右手で兵士の首からナイフを引き抜いて、次の兵士の腹にAKMSの銃口に着剣した6kh2銃剣を突き刺した。
悲鳴と銃声、そして肉の裂ける音がマズルフラッシュの閃光とともに地下トンネルの中に響き、瞬く間に四人の死体が湿った地面の上に転がった。眠っていた狂気を抑えられなくなったクレイグは銃剣を着剣したAKMSとナイフを両手に握ったまま、狼の遠吠えにも似た叫び声を熱帯の地下トンネルの中に響かせながら疾走した。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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