第二章 二十七話 「撃墜」
文字数 4,335文字
「敵はどこにいる!」
地上にはいくつか人影と銃撃戦のマズルフラッシュの瞬きが見えるが、地上部隊も混乱しているため、上空五十メートルを飛ぶヘリコプターからは、どれが敵であるか判別不可能だった。パイロットは後部兵員室のスライドドアから身を乗り出して下を観察するクルーに無線で敵の位置を聞いたが、クルー達もパイロットと同じく殆ど事態を把握できていなかった。
「分からん!とりあえず、飛ばせ!南側ゲートが攻撃されてる!」
「分かった!機関砲とロケット弾で吹き飛ばしてやる!」
地上部隊の無線から敵の位置を割り出したクルーの助言を頼りに、パイロットはハインドの機首を南側ゲートへ向け、戦闘形態を取るために高度を下げながら、後ろに座る火器管制士に機関砲の照準と射撃準備を命じた。
南側ゲートでは、敵の追撃に合って発電施設の前で足止めされているウィリアム達の退路を確保、維持するために、アール達が解放民族戦線の兵士達と戦闘を繰り広げていた。一部、統制を建て直した敵兵士達が南西の機銃陣地の向こう側や兵舎区画の方から五六式小銃やSKSカービンで銃撃してくるのに対して、アーヴィングが銃身下の二脚を立てて伏射の姿勢で構えたストーナー63A汎用機関銃の機銃掃射を浴びせて牽制し、その横ではトム・リー・ミンクがXM177E2の単連射を放って、突撃してくる敵を仕留めていた。
「あの監視塔、復活してやがる!」
基地に侵入する時にアールが無力化したはずの西側監視塔の上から民族戦線兵士がRPD軽機関銃を掃射してくるのを睨んで毒づいたリーはXM177E2カービンを監視塔の方に向けると、そのアンダーバレルに装着したM203グレネードランチャーの引き金を引いた。直線ではなく、斜め上方に打ち上げるようにして、曲射射撃で放たれた四〇ミリ弾は銃撃戦の上を飛び越えて、放物線を描きながら夜の闇を飛翔すると、監視塔の根本に直撃し、内部に装填されたコンポジションBの爆発で鉄骨の塔を跡形もなく崩壊させた。
「次から次へと来やがるぜ、全く!」
愚痴りながら、続いて兵舎区画の方にもM203グレネードランチャーを曲射射撃で撃ち込み、兵舎の残骸を盾にして銃撃してくる民族戦線兵士達を建物の残骸ごと吹き飛ばしたリーは、硝煙に包まれた夜気を震わせながら接近する大型ヘリコプターのローター音を聞いて、反射的に上空を見上げた。同時に隊内無線にイアンの声が弾ける。
「ハインドが戻ってきた!北側ゲート上空!」
「来たか!アーヴィング、援護頼む!」
イアンの無線連絡を聞いたリーは兵舎の側から来る敵兵の牽制はアーヴィングに任せ、南側ゲートの監視塔の真下まで走って戻ると、その脇に置いていたアタッチメントケースを開き、熱電池バッテリーを取り出して、監視塔の柱に立て掛けておいた9K32ストレラ携帯式対空ミサイルの発射筒に装着した。
「これで合っているのか…?」
先ほど武器庫では強気な発言をしたが、リーも敵側のソ連製最新兵器であるストレラを触ったことは、今まで訓練でも二回しかなかった。ましてや実戦で使ったことなど一度もなく、正直なところ、動かすことのできる自信はまったくなかったが、上空を飛ぶハインドが猛烈な射撃音を発しながら、機首のターレットに装着した機関砲を掃射し始めた瞬間、リーの中の不安は、何が何でもやらなければならない、という強い信念に置き換わった。
敵の場所を把握しきれず、殲滅よりも威嚇を目的として、照準をつけずに放たれた機関砲の掃射は次々と地面に穴を穿ち、土煙をあげていくと、南側ゲートの鉄条網フェンスを吹き飛ばし、リーが真下にいるのとは道を挟んで反対側に立つ監視塔も破壊し、最終的には手榴弾の爆発で吹き飛んだ機銃陣地の残骸までも撃ち尽くした。機銃陣地で爆発物類が機関砲弾の炸裂で誘爆の炎を巻き上げると同時、ハインドの大きな機影が夜の闇の中、リーの頭上三十メートルの低空を南側へと悠々と飛行していった。
「くそ、なめやがって!ツケは払ってもらうぞ!」
装着されたバッテリーから電力を得て起動した9K32ストレラ携対空ミサイルの発射筒を担いだリーは、その光学照準器に目を当てて、赤外線シーカーの照準の中に目標を捉えた。ハインドは基地から五十メートルほど離れたところでゆっくりと旋回し、再びリー達に向けて、速度をあげながら高度を下げてきている。攻撃態勢だ…。今度はより威力の高い、両翼のスタブ・ウィングに装着したロケット弾ポッドも使用してくるはずだ。ウィリアム達は追撃してくる敵を牽制するために発電施設の前で釘付けにされて動けず、彼らを発電施設の屋上から援護するイーノックはハインドから丸見えだ。
やるしかない…。
腹をくくるとともに、ストレラの照準器の中央にターボシャフトエンジンの熱を帯びたハインドの影を捉えたリーは、ミサイル先端の赤外線シーカーが敵機の赤外線影をロックオンすると同時にランチャーの引き金を引いた。
ひとまずの敵戦力の確認のために、南側ゲートに機関砲を掃射したMi-24Aハインドは基地から南に八十メートルほど離れたところで、一八〇度旋回し、再び基地の方に機首を向けると、第二波攻撃に備えて、高度を下げながら機体を加速させた。
「敵の大体の位置は捉えた!次は機関砲とロケット弾ポッドの斉射で一掃してやる!」
「だが、それでは味方が…。」
興奮で頭に血が昇り、全ての武装の安全装置を解除して、全火力での敵への攻撃を準備し始めた火器管制手の言葉にパイロットは戸惑ったが、火器管制手を止めることは既にできなくなっていた。
「知ったことか!闘いに多少の犠牲は付き物だ!見ろ!すでに多くの仲間が殺されてる…!」
火器管制手の言葉に眼下の基地の惨状を今一度見たパイロットは震える声で賛同の意を表した。
「仕方ない…、やろう…。」
そう言って、パイロットが操縦桿を前に倒し、ハインドが攻撃地点に向けて、機体を急加速させようとした時、兵員室のクルーが無線に叫んだ。
「何か飛んでくるぞ!前方、十一時の方向!」
「何だ!」
後ろで火器管制手が状況をつかめず叫んでいる一方で、前方十一時の方向に夜の闇の中をロケットモーターの炎をあげて、自機に向かって飛んでくる白色の細長い物体があるのを見つけたパイロットは、「まずい…ッ!」と呻くとともに、前方に向けて加速していた機体を斜めに傾かせ、右方向へと回避しようとしたが、飛んでくるミサイルが感知目標の熱を追って追跡するパッシブ赤外線ホーミングの誘導ミサイルである以上、赤外線シーカーの目から逃れなければ、回避運動には何の意味もなかったし、ミサイルの感知圏外に回避するには、彼らは既にミサイルに近づき過ぎていた。
攻撃態勢の加速からミサイル回避のために一気に機体を右側に旋回させたハインドだったが、最大速度でも時速三二〇キロしかでないハインドでは、時速四二〇キロで迫ってくるミサイルをわずか八十メートルほどの距離で逃げるのは至難の技で、機体を右に傾けながら上昇して、ミサイル回避の姿勢をとったハインドに対し、尾部の小翼の角度を変更することで逃げる標的に合わせて自分の進行方向を変えたストレラ対空ミサイルは、本の数秒の内にハインドとの距離をつめ、機体左側面から標的のエンジンに突き刺さったのだった。自分の目の前から迫ってくるミサイルを兵員室搭載の重機関銃で撃ち落とそうと射撃していたクルーの断末魔の叫びとともに、兵員室上部のエンジンに突き刺さったミサイルは内部の信管を作動させて、残った燃料もろとも内部の炸薬を爆発させて、兵員室の上に並列に並んだ二基のターボシャフトエンジンを完全に破壊した。機体を動かす二基のエンジンが両方とも機能停止し、加えてエンジン上のメインローターにも異常をきたしたハインドは制御と揚力を失い、スピンしながら、眼下の基地南端の飛行場に向けて、高度を急激に落とし始めた。
「あげろ!あげろ!」
「無理だ!エンジンが両方ともやられて…、ああ…っ!!」
爆発で黒煙だらけになった兵員室から一縷の望みをかけて、後部クルー達が五十メートルほど下の地面に飛び降りる中、なんとか機体の制御を取り戻して、不時着に持ち込もうと最大限の努力をしたパイロットだったが、その労苦もむなしく、テールローターの回転維持装置までも破損したMi-24Aハインドの機体は最大戦速に近い時速三〇〇キロの速度で飛行場南端の地面に直撃して、轟音とともに爆発、四散した。膨大な運動エネルギーで地面に衝突しても、「空の戦車」と呼ばれる高い耐久力があったためか、メインローターやテールブームが爆発で弾けとんだにも関わらず、焼け火箸になりながらも奇妙に原形を保ったままの大きなボディーは爆発の衝撃で飛び上がると、飛行場の中で唯一爆弾を仕掛けられずに生き残り、反撃に出るために、今まさに離陸しようとしていたOH-58カイオワ強行偵察ヘリコプターに真っ正面から直撃した。自機の全長よりも二倍はあるハインドのボディーと真っ正面から衝突したOH-58はその衝撃でコクピットが潰れ、さらに先ほど離陸したばかりの地面に底部から叩きつけられると同時に、ハインドのボディーもろとも爆散して、炎の火球へと姿を転じた。
「よっしゃーっ!やってやたぜ!」
発電施設の建物の向こうで、飛行場に墜落したハインドが巻き上げた大爆発の炎が夜闇の中に立ち上るのを見て、そう歓喜したリーの背後で、銃剣を装着したSKSカービンを手に、ゆっくりと接近していた民族戦線兵士の首が吹き飛んだ。
「気を付けろ!」
唐突な物音に、ぎょっ、として背後を振り返ったリーに隊内無線からイアンの怒声が飛ぶ。指揮系統を崩壊させ、ヘリを落としても、基地の中には、まだ圧倒的多数の敵兵が残っている。 油断はできないことを今一度悟らされたリーは、
「くそ!しけた銃声で戦えるか!」
と叫びながら、XM177E2カービンの銃口からサプレッサーを取り外すと、伏射でストーナー63Aの機銃掃射を放つアーヴィングの背後につき、兵舎の方から来る敵に向かって、腹に響く銃声とともにXM177E2の精密射撃を放った。