第五章 七話 「敵司令部発見」
文字数 1,601文字
攻撃開始から数分もしない間に前線より届いた苦戦の一報にグエンは報告を上げてきた通信士に問い返した。
「どうやら、敵は殆ど全ての戦力を前線に上げて、交戦しているようです!」
通信士が更に現場から上げてきた報告にグエンは舌打ちをついた。
「こちらの砲撃を見越して、後方には戦力を置いてなかったか…。どこまでもしぶとい奴らだ…!」
グエンの大柄な体からは怒りが沸々と湧き上がっているのがブイには分かった。前線が予想以上に苦しめられているこの状況で指揮官が取り乱してはまずい…。そう思ったブイはグエンを落ち着かせようと、言葉をかけた。
「一筋縄ではいかない相手であることはよく分かっていたはずだ。ここは一旦、戦力を退くべきではないか?」
最前線で戦って、命を落としているのはブイの部下…、その事実を思い出したのか、暗い表情でブイを一瞥したグエンだったが、今の彼の胸中では友人を気遣う気持ちよりもアメリカ人に対する怨念の方が強かった。
「お前の部隊は退くが良い!我々は敵の前から逃げはせん!」
グエンのその返答に自分の言葉が無意味だったことを悟ったブイは内心で嘆息を吐いたが、この場の最高指揮官がグエンである以上、彼にはどうしようもなかった。
「よぉし!戦車と装甲車を前面に押し出して、敵を蹴散らす!前線に通達せよ!」
勇み立つグエンが通信士に命令を出す様子を見て、ブイにできるのはこれ以上の損害が前線で生じないように祈ることだけだった。
「こちら、レ・チン・タンだ。大尉、我々も戦闘開始した。君の予想通り、敵の主力は三方向から攻撃を仕掛けてきた!他の方角からの攻撃はない!」
リー達が防衛する北西の方角に続いて、タン中将の部隊が防衛する南側の防衛線にも敵の攻撃があったことを無線を通じて知った時、ウィリアムは最初の待ち伏せ地点から五十メートルほど前進したところで敵の部隊と応戦して、その場を保持していた。彼らの後方では先程からARVNの砲兵達が二基のM30 一〇七ミリ重迫撃砲弾を組み立てている。もし、アール達から連絡があった際にすぐに敵の指揮所を叩くことができるように迫撃砲を準備する砲兵達を援護するようにウィリアム達はその場を死守していたが、圧倒的な数で攻撃してくる民族戦線と北ベトナム軍の混成部隊を相手にたった三十人ではそれほど長い時間、耐え切るのが不可能なのは自明だった。
「頼むぞ、アール…。すぐに連絡してきてくれよ…。でないと、このラインを維持できない…!」
ジャングルの茂みを踏み越えて突撃してくる解放民族戦線の兵士に向かって、樹木の陰から上半身だけを出して、M16A1を発砲しながら、ウィリアムは独り言ちた。
「見つけた…!間違いない、あれだ!」
茂みに同化するかのように地面に低く身を伏せ、象草の間から偵察兵の視線を向けるアールの先にあるのはジャングルの中の平地に敷かれた敵の陣地だった。
「どれどれ…、君達はどんなものを持っているかな?」
カーキ色の幌布のテントが多く立っている陣地をアールは太陽光反射防止用のテープをレンズに貼った双眼鏡で覗いた。トラックや兵士が行き来する陣地の中には物資や兵舎用のテントだけでなく、長距離通信用と思われる大型アンテナや電源設備もあった。
「対空用のレーダーまで備えてある…、間違いないな…。」
敵の指揮所を見つけた事を確信したアールは今度は双眼鏡の代わりに、周辺の地形を記した地図を手元に引き寄せた。砲撃のための最後の準備だ。地図に描かれている地形と周辺の山々の起伏を符合させ、現在の位置を確認したアールは目の前に広がる敵の陣地がタン中将の部隊が擁する重迫撃砲の射程に収まっていることを確認すると、小声で傍らの"ラジオ"を呼んだ。
「無線をくれ。」
脇に寄ってきた無線兵の"ラジオ"が背中に背負ったAN/PRC-25野外無線機の回線を本隊と繋げたアールは無線の交信機を耳に当てた。